藤島 大/ラグビー大魂


一番好きなスポーツ・ライター、というか、日本人の物書きの中で一番好きな人、といってもいい藤島大さん。購読している中日新聞・火曜夕刊の「スポーツが呼んでいる」はもう十年以上続く連載コラム。毎週ほぼ欠かさず読んでいて心に残る記事も多い。中でも気に入った記事はスクラップしている。
その藤島氏の名文がまとめ読みできる、嬉しい本!



【藤島 大/ラグビー大魂(253P)/ベースボール・マガジン社・2009年(090613-0616)】



本書は『ラグビーマガジン』に連載された「DAI HEART」を中心に、「スポーツが呼んでいる」からラグビーをテーマにした記事と書き下ろしを加えた藤島大ラ式蹴球」ベスト・セレクション。大魂と書いてダイ・ハートと読む。


     



たいていのスポーツ・ライターはプレーを紙上に再現することに全筆力を傾ける。試合を決定づけた時間にして数秒のワン・プレーを独自の分析と詩的解釈でファンタジーに仕立て上げようとするあまり、少しだけシュールな、だが実際のところは現実をなぞって引き伸ばしただけの空疎なルポルタージュに終わるケースが多い。
藤島氏はいつも違うところを見ている。試合前のロッカールームや、あるいは試合後のベンチとか。敗者を語って勝者の熟練を際立たせるのが上手く、勝者を語って敗者のファイティング・スピリットを描き出すのが上手い。一ライターのくせに天才の直感やファンタジスタの芸術観を代弁するような愚行は絶対にしない。スター選手や巨大クラブのヨイショ記事は皆無で、代表戦も学生の予選試合も見つめる視線はどこまでも等温。ひたすら客観俯瞰、スケッチに徹し、そのゲームではなく、競技そのものを見つめてそこにある肉体の摩擦の熱=魂をつかまえるのが抜群に上手い。

 もはや古典のように引用されるラグビーの定義がある。
「少年を最初に男にし、男をいつまでも少年でいさせる」


ラグビー経験もなく詳しくない自分でも、経験者とファン向けの専門誌に書かれた記事がすんなり読めるのは、ひとえに藤島氏の文章が素晴らしいからだ。
知られざる名勝負・名選手の逸話・名言の数々に藤島さん得意のアフォリズムに次ぐアフォリズムが加わって― (たとえばこんなふう… 「現役時代、神秘の微笑とともに全身凶器のタックルを繰り返した。まさに解放戦線の不屈のゲリラであり、悲観的に鍛えられた楽観の化け物でもあった」 …!!!) ― 、泥臭くも崇高なラグビーの魅力がびんびん伝わってくる。関心はジャパン(代表)やトップ・リーグ、大学ラグビーに偏らない。地方の高校の練習風景や沖縄の中学年代の育成プログラムにまで及ぶ。初心者や指導者に向けて書かれた記事も多く収録されているのだが、藤島さんは高校、大学のコーチもしているのだった。無理して本質に迫ろうともしないかわりに、核心だけは外さない。彼の文章の明晰は指導者としての、甘いものばかりではない経験によって支えられているのかもしれない。
ラグビーに青春を賭けることがどんなに貴重な体験であるかを熱っぽく語る言葉は、サッカー経験者からしてみても、なるほどそれも悪くないなと思わせられるのだった。

大学1年のとき、あるOBに「辞めたくなる瞬間はあるか」と聞かれて肯定したら、こう言われた。
「あたりまえだ。こんな練習をして、こんな毎日を送って、辞めたくならなかったら感受性に乏しいんだ」


日本のラグビーもプロ化されて、国際レベルは上がっているんだろうか? よく知らないで書くのだが、サッカー日本代表オシムという名伯楽を得て(「日本人はやりたいサッカーとやれるサッカーを混同している」)、やっと‘日本化’の道を進み始めた。ラグビーも同じ志向で、というようにはいかないのだろうか?

それ以前にラグビーの場合は人材の確保が最優先であるらしい。少子化が進行する現在、優れた選手が決まった高校、大学に集中する傾向が年々強まっていて、このままだと「ラグビー国力」が衰退すると筆者は書く。単線を進んできた者たちだけの集団より、複線の用意された多様性のある集団であるべきだと。あらゆる分野で人材が細分化・専門化している日本で、これはラグビーだけの問題ではないはずだ。
藤島さんはラグビーを人生そのものとしても社会の縮図としても捉えているようだ。



惜しむらくは国内ラグビー中心の編集で、ワールドカップやオール・ブラックス始め強豪国の話題など海外ラグビーに関する記事は控えられていること。英国好きの自分的には、藤島さんの書く英国ラグビーをもっと読みたい。
というのも「スポーツが呼んでいる」2007年3月20日付、シックス・ネイションズ/ウェールズVSイングランドを現地観戦した記事‘支配者との大一番’が全記事中ベストの一本として記憶に残っているからだ(もちろんスクラップしてあった。本書には未収録)。

ラグビーの国」でありながら四連敗でホーム、ミレニアム・スタジアムイングランドを迎えたウェールズレッド・ドラゴンズ。その試合を控えた国民の気魄と緊迫が痛いほどに伝わる文が、英国好きにはたまらない。

 試合前、7万2000の観衆の切なく美しく勇ましい歌声が、室外の放送席のヘッドホンを襲った。 …(中略)… ウェールズは歌の国でもある。断じられるが、その瞬間に順位のことを考えた人間は観客席に皆無である。

そのウェールズ国歌Land Of My Father(歌詞はウェールズ語)のYouTube映像↓ 耳をつんざく地響きのごとき合唱(しかもよく聴くと自然に二重唱になる)スゴイ! ずらり並んだ協会役員の威厳に満ちた歌いっぷりを見よ!ウェールズは歌の国。そうなのだ。そして、英国はブラスの国でもあることが、よくわかる。


     


中日新聞のコラムは欠かさず読んでいるはずだが、本書の発刊に触れた文を読んだ覚えがない(読んでいたらすぐに買っていたはず)。自著の告知すらしない、著者はそんな人なのである。
あ、もしかして『ラグビー大魂』、このタイトルが恥ずかしかっただけかもしれない。ちょっと、これは藤島さん本人のセンスとは思えないし(笑)
ちなみに今週の「スポーツが呼んでいる」は、急死したプロレスラー三沢光晴さんのことを書いていた。いつか「スポーツが呼んでいる」も単行本化されますように!