佐野元春 ライブハウス・ツアー“COYOTE”

ヴィジターズかカフェ・ボヘミアの頃に観て以来の佐野元春ライブ!半休を取って名古屋まで行ってきた。


佐野元春&THE COYOTE BAND ライブハウス・ツアー“COYOTE”】at ZEPP NAGOYA 09.07.21


「コヨーテ」と呼ばれる、ある男の視点で切り取った12篇からなるロード・ムービーの「架空のサウンド・トラック」という想定で作られた2007年のコンセプト・アルバムにして傑作『COYOTE』。そのレコーディング・メンバーとともにアルバム全曲を再現するステージが、この7月中に全国10箇所だけという佐野元春にはレアなライブハウス・ツアーとして実現した。


            
             Tシャツは3枚も買ってしまった!


200番台のチケットをゲットできたおかげで前から六、七列目あたりに陣取る。客席は予想通りに年齢層が高い。自分もそうなのだが(笑

アルバムのリード・トラック、ソリッドで疾走感のあるロック・チューン‘星の下 路の上’でスタート、カッコいい!続けて‘荒地の何処かで’‘気高い孤独と’『COYOTE』のリスト順に演奏されていった。
ホールのせいなのかPAのせいか、前半はギターの音色がクリアではなくヴォーカルの抜けが悪くて演奏を集中して聴くことができなかった。中盤、‘折れた翼’から音響バランスが少し良くなって、終盤まで続くスロー、ミディアム・ナンバーでは改善されたのは良かったけど。
彼の声は少しかすれていて、高音部はアルバムで聴ける透明感のある声が少しだけハスキーになっていた。


自分にとって『COYOTE』はここ何年かのロック・アルバムの中で格別な存在だ。年を取れば取るほど良くなるアーティストは案外少ないけど、佐野元春はまさしくそうだと自分は思っている。昔から彼のDJ番組が好きで聴いてきたけど、オンエアで語られる彼の生の言葉と作品世界が一致してきたのは、わりと最近になってのことだと思う。先鋭たらんとする気負いやヒット曲を書くプレッシャーが薄らいだ分、どんどん作品の純度は上がっている。メッセージはシャープになり、歌声はますます陰影を帯びてきている。歌が上手いというのではない、ヴォーカル・ワークの成熟こそ、近年の佐野元春の最大の魅力だとも思っている。


‘コヨーテ、海へ’を歌い始めるときに、彼はそれまで付けていたサングラスをはずした。目を閉じてエレピを弾きながら「宇宙は歪んだ卵、世界中に知らせてやれ」歌い出した。
ちょっと‘IMAGINE’を思わせる曲調の、アルバムのハイライトであるこの曲で彼は「もう夢なんて見ない、あてのない夢など捨ててしまえ」と言いながら「ここから先は、勝利ある、勝利あるのみ、SHOW REAL」と歌う。ずっと先を走っているように見えた佐野元春が、同じ地面を蹴って自分と並走しているような錯覚を覚えた瞬間だった。かつての、都会の光の中を軽やかに駆け抜ける姿はもうない。だが、我々と同じ空気を吸い、同じ光を見つめている。もちろん、同じ闇もだ。そう感じることができたのは、ライブハウスで触れられるほど近くで彼が歌っていたからだけではない。
汗をにじませて声を振り絞る彼の顔を見つめていると、「目指せよ海へ」のリフレインで途切れそうになるか細いヴィブラートを聴き漏らすまいとしていると、涙が溢れて止まらなくなってしまった…
CDで聴いても聞き流すことが出来ないこの歌を、佐野元春はあんな顔で歌うのだ。あのポップ・ヒーロー佐野元春にこんな曲を書かせたのは何だ。何で彼が「上手くいかなくてもかまわない」なんて言うんだ。彼が受け入れたこと。彼が決めた覚悟。切々としているのに、どうしてこうも強く響くのだろう。いろいろな感情が渦を巻いて一気に目から零れ落ちたのだった。


アンコールは「元春クラシックスヒット・パレードらしいと聞いていたので、帰りの列車の時間もあるし『COYOTE』本編が終わったら出ようと思っていたのに、彼の表情も仕草ももっと目に焼き付けておきたいと思い直して居残った。
ダウンタウン・ボーイ’‘約束の橋’それに‘アンジェリーナ’… 場内は恥ずかしいほどの盛り上がりで、『COYOTE』の余韻なんて跡形もなかった。これじゃ吉田拓郎の同窓会コンサートみたいだと思った。
元春の側からすれば、これはサービス営業みたいなものなのだろうと思って彼を見ると、さっきまでコヨーテの内省的な世界観を表現していた彼が、目いっぱいの笑顔でステージ上を行ったり来たりして客を湧かせながら楽しそうにシャウトしているのだった… 


予定より一本遅い新幹線のシートに着いて、今日の職場での同僚とのやり取りを思い出した。
「今どき佐野元春?」と彼は言い、「アンジェリーナもやるみたいだし」と変な返事をしてしまった。本当はこう言ってやるべきだった「今こそ佐野元春なんだよ」。
ギンズバーグの『吠える』風に言えば、この夜の佐野元春こそ「僕らの世代の最良の精神」だと胸を張って誇ってもいい、そんな気持ちにさえなった夜だった。

来年はデビュー30周年のイベントをやるらしい。『THE BARN 』、『THE SUN 』、そして『COYOTE』。佐野元春の名盤・名演の歴史は始まったばかりだと思いながら、帰途に着いた。
(明日は六時出勤。もうこんな時間じゃないか。今から寝るとやばそう…)