上原ひろみ Japan Tour 2009 “PLACE TO BE”

楽しみにしていた天才・上原ひろみさんのライブ!今年発表された彼女初のピアノ・ソロ・アルバム“PLACE TO BE”をひっさげて堂々の出身地・浜松での凱旋ライブである。


九月のリリース直後には特別講師として浜松の母校を訪れ後輩たちの前で生演奏を披露したことが地元新聞に報じられていた。新作のプロモーションでその時期彼女は日本に滞在していたが(TOKYO JAZZ 2009にも出演=先日NHK-BSにてオンエア)、一年の大半を海外での演奏活動に費やしている彼女が帰国したのはそれ以来で、今回は待ちに待ったソロでのジャパン・ツアーなのだ。


自分が彼女を天才と言うのは、その音楽性によってのみではない。上記の彼女の出身校は静岡県でも有数の進学校だが、けしてガリ勉タイプではないのに成績はいつもトップクラスという、中学時代に自分たちが彼らを指して「天才」と呼んだ、まさにそんな生徒たちが集まる高校なのだ。今でも校風は変わらず自由で自主性が尊重されると聞く。普通の公立校なら、たとえ卒業生ではあってもジャズ・ピアニストを講師にとはまず考えつかないと思うのだが、地元の人間からすると「なるほど○高らしいな」と思えてしまう。またそれに応じる上原さんの度胸というか自信もたいしたものだと思う。


開場時刻よりだいぶ早くに着いたのだが、もう周辺に人だかりがしている。しかも、やけに年配の方ばかり集まっている。おかしいなと思ったら、なんと同時刻に隣の大ホールで「川中美幸コンサート」があるのだった(笑)



上原ひろみ Japan Tour 2009 “PLACE TO BE” 】 at アクトシティ浜松 09.11.26



        


入場すると、ステージの床にピアノを型どった黒い布が敷いてあって、アルバムジャケットをイメージさせる緩やかににカーブした鍵盤が描かれている。その上にヤマハのグランドピアノ。まだ席が埋まる前に思いついてステージサイドまで行ってじっくり見てきた。どうやらタネも仕掛けもない普通のピアノみたいだった。


余裕綽々の‘I've Got Rhythm’でスタートして“PLACE TO BE”の全曲が演奏され、十八番の‘トムとジェリー’で終わるまで、目も耳も彼女と彼女のピアノに釘付けの二時間だった。

アルバムのオープニング曲‘BQE ’は初めてCDで聴いたとき、よくもこんなフレーズを思いつくものだと思った大好きな曲。ピアノなんて弾けないくせに、導入部の運指を想像するだけで指がつりそうな気がする。演奏前に「ブルックリンとクイーンズを結ぶハイウェイは危険な運転をする人が多くて…」なんてトークもあったのだが、いざ演奏が始まると「HIROMIのピアノ・ドライビングの方がよっぽど危ない」と思わされる。単調な硬質なリズムと無機的なリフが続くところは、長い長いトンネル内を疾走していて明滅するライトが次々と後ろに飛び過ぎるかのよう。狭いラインをぎりぎりクリアしていくスリリングなプレイで緊張が頂点に達したところで、いきなり摩天楼の大パノラマが開けるかのような悠大なメロディが展開される。無秩序なようで整然として、フリーキーなのに完璧にコントロールされている、堅牢な骨格のみで出来ているようなこの曲は、ライブではCDの五割増しのスケールで披露されて圧巻だった。


唸ったり歌いながら彼女はピアノを弾く。立ち上がり、足踏みしながら、ときに跳ねながら演奏する。拳、肘打ちもある。‘シュークリーム’と‘カノン’では、「良い子はマネしちゃだめよ」的な禁じ手も繰り出された。
右手左手の難フレーズをオクターブの高速ユニゾン。左手は変拍子の複雑なベースラインを延々とキープしながら右手は全然違うリズムの速いパッセージを自由自在に弾き出す。この人の右手と左手を制御する神経はいったいどうなっているんだろう。ときどき目を閉じて音符が次々溢れ出て弾けるさまを聴いていると、とても一人で弾いているとは思えない。左右別の人格が宿っているのか?レクター博士が六本指なら上原ひろみは二人分、二十本の指を持っているみたいに聞こえる。特に左手小指の打鍵の強さがすごくて打楽器みたいに鳴っていたけど、これはメソッドによって身につくものではないだろう。ただそう動かせるというレベルじゃなく、明確な目的意識を持って指を鍛えたはずだ。いったい彼女はどんな身体的トレーニングによって、あの超人的な指を獲得したのだろう。


だけど、そんな超絶技巧や変態技の数々(ごめんなさい!)は、彼女の音楽のほんの一部分でしかないのがステージを見ていてよくわかった。彼女の音楽がジャズかフュージョンかなんて議論も、彼女の本質的な部分とは何の関わりもないだろうことも。
すべての曲がアレンジを加えられ、無尽蔵の即興のアイディアで彩られると、新たな息吹を吹き込まれてその場で生まれ変わる。
中でも最も印象的だったのは‘Green Tea Farm’と‘Place To Be ’の二つの緩徐曲だった。アルバムでは矢野顕子さんの素敵なヴォーカルをフィーチャーしてしっとりとしたムードだった‘Green Tea Farm’はピアノをブルージーに歌わせていたし、「またここに帰って来られるように頑張ります」と宣言して弾かれた‘Place To Be ’(あるべき場所)はすさまじい集中力が際だっていて、まさしく一音入魂の心震える演奏だった。
アルバム“PLACE TO BE”が並々ならぬ決意をもってつくられたことがひしひしと伝わってきたのだけど、今、ステージ上であの小柄な女の人がプレイしている音楽こそが本当の“PLACE TO BE”なのだと思うと、それを生で体験している感激で胸がいっぱいになった。

凄いんだろうなとは思っていたけれど、こんなにピアノ一台の演奏に感動させられるとは思っていなかった。こんなにアンコールの拍手を気持ちを込めて送ったことはそうはない。
CDで聴くだけでは上原ひろみの半分もわからない。全身全霊を傾けてピアノに向かい一体化する姿が本当にかっこ良かった!早弾きとかスゴ腕とかいうことにではなく、今宵彼女が見せてくれた大きな大きなミュージシャンシップに乾杯したくなった。


        


彼女のHPを見て驚くのは、このツアー日程。まるで売り出し中の新人バンドみたいなハード・スケジュールじゃないか。今月初めはアメリカにいてスペイン〜フランス〜イスラエルでの演奏をこなして帰国、17日の札幌を皮切りに日本を縦断中なのだ。ツアーは年末のブルーノート東京まで続く。
今日みたいな演奏を毎日やっていたら、ぶっ壊れるのではないかと心配になる。
明日は静岡。これも行くつもりだったけど忘年会が入って断念。とっくにチケットはソールドアウトだけど。
でも決めた。毎年一回は上原ひろみのライブに行く。彼女がどんな進化をとげるのか、(ずいぶん気が早いけど)まだまだこれから何年も何十年も楽しませてくれそうだと確信して、もう今からちょっとワクワクしている。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


いやはや、この日のためにピアノ本を読んだ部分もあったのだが、まさに「百聞(読)は一見(聴)にしかず」。凄いわピアノ弾きって。