エスパルス天皇杯3回戦 / ケンタズ・チルドレン


来年元旦・決勝をめざす天皇杯の試合前とは思えないのどかな雰囲気のスタンドで涼しい秋の夕暮れ刻を過ごす。照明に映える緑の芝。メインスタンド上空には細い三日月が輝いてる。BGMにオアシス‘スーパーソニック’やU2‘I'll Go Crazy’が流れていて思わず口ずさんでしまう。
半日出勤、午後休でアウスタへ。ふだんは持ってこない重い一眼レフを担いでカメラマン気分の午後。週末の混雑を抜けて迎える試合とはまた違った気分を味わう平日の夜。地元に愛するクラブがあり、スタジアムがあることはなんて幸せなんだろう。



【10月13日 / 天皇杯3回戦:清水 4−1 水戸ホーリーホック /‘最後のケンタズ・チルドレン’】



なーんにもしないで、海老のかきあげをかじりながらただボーっと無人のコートを眺めているだけで意外に時間は早くすぎる。自分が入場したときからさほど観客が増えていないのは、この一ヶ月の凋落を如実に反映した光景だ。特に、この前の広島戦。試合の意義は決勝と同じはずだったあのゲーム。あれを勝ち抜いていれば、もっと入るはずだったのに。
しかし、熱心な年配の方々が本当に多い。一人で、ご夫婦で、交通便利とはいえないアウスタナイトゲームを訪れている高齢者がいつも以上に目についた。エスパルスよ、早く彼らの期待に応えてみせよ!


選手がピッチに姿を見せる。いつものように兵働に続いて小野が入ってくる。あれ、小野? 休みじゃなかったのか。そりゃ見たいけど、今日は彼の出番はないだろうな。水戸は吉原宏太がいないし、小野が出てくるような試合にはならないはず……

 ……だったけど


     


水戸が頑張ってくれたおかげで\1,500の前売り券がとーってもお得なものになりました。(ただでさえアウスタでの天皇杯は自由席チケットでメイン、バックスタンドにも入れるお得な席割なのだが) どうもありがとう、ホーリーホック


前半はアウェー・ゴール裏で観戦。清水左サイド正面に座ったのは、本日お目当ての背番号36、伊藤翔選手をじっくり見たかったから。彼を生で見るのは初めて。赤×銀のナイキスパイクはヴェンゲルのあのチームを連想させる。まだ幼い風貌だけれど、身体つきはちょっと日本人離れしたたくましさでフィジカルコンタクトにも強そうだ。
ボールを持つと迷わずDFにまっすぐ向かって行く。長身ながら重心は低く、ボディバランスも良くて簡単につぶれないところはヨーロッパでの経験を感じる。スピードとキレで勝負する選手が多いエスパルスにあって彼のパワフルなドリブルは他のFWにはない魅力があった。ダイナミックな動きとクロスへの反応も迫力十分でポテンシャルはまちがいなく高い。


     
     
     


ケガから復帰してこの日の初登場になったわけだが、これだけ能力が高いのなら、もっと早く使えなかったのだろうか…


エスパルスは左をこの伊藤翔+太田、右を一樹+辻尾で最近になく活性化したサイドの攻勢で優位に試合を進めた。出場機会が減っているメンバーがスタメンに並んだので、多少の連係不足と空回りは目立ったけれど、攻撃においてはまずは個人が結果を出そうとする姿勢がリーグ・レギュラー組とは違う勢いを生んでいたと思う。
左右からのクロスが何本もゴール前を横切った。辻尾と宏介のダイビングヘッドなんて余計なシーンも多かった。

そんな前のめりの若手たちの中で一歩引いたプレーを90分続けたのが永井だった。なにより自分がゴールという結果を残したかっただろうに切り込んでくる翔や一樹にスペースを空け、ときには兵働のサポートに中盤に下がってボールを受けていた。彼のところに枝村や長沢だったら、バラバラなままだったのではないか。
最後、小野−永井でもう一点をと願ったのだが、それは叶わなかった。一点差のロスタイム、油断できない時間帯にドリブルで持ち込んで右足アウトで丁寧なラストパス、大前のゴールをお膳立てしてチームを安全圏に導いたのは永井のベテランらしいプレーだった。


     




後半はホーム・ゴール裏に移動。ふだんはデカいレンズを持って席移動なんてできない。こういうことができるのは年数回しかない平日夜の試合だけだ。


後半、先制されて「今日も…」の嫌なムードが漂いだしたとき、ゴール裏でアップしていた小野が呼ばれた。ざわめきが歓声に変わっていく。ベンチに駆けていく後ろ姿に送られた声援と拍手のなんと熱かったことか。その十数秒の間、ほとんど三千人すべての観客がボールではなくベンチを見つめていた。
小野が出る!という素直な嬉しさが半分、使うな、小野抜きで勝て!という腹立たしさが半分。自分の中でひねくれ者の二つの気持ちが渦を巻く。でも、これで写真は撮りやすくなるなと思ったら、直後にPK。

小野は水戸GK・本間(元レッズ)と笑顔で握手しながら言葉を交わしてからスポットにボールをセット。


     
     

余裕で決めたような気がしたけど、これを見ると完全に読まれていて、実は危なかった(^0^;  セーブされていたらと思うとゾっとする。
(始めはPKを得た一樹が蹴りそうな様子だったがベンチの支持で小野がキッカーに。失敗していれば今シーズンのエスパルスにとって致命的なダメージになりかねなかった。この場面、この試合に限らず選手起用の判断に危機管理を考慮したか疑問を感じることが多い)


小野はリードした直後には中央フリーの兵働に余裕でGKと一対一になる「どうぞ」パスを送るが、キャプテンは軽率なキックでミス。終了間際にもあとは入れるだけの「お返し」パスを一樹に渡すが、これも外した。
一樹は何度もチャンスに絡んで決定機も数回あったが、この日は‘Not His Day’。後半、真希が負傷退場後に長沢が入った残り5分ほどの場面では(よく確認できなかったが)岩下→ボランチ、宏介→CBとポジションが変わり、一樹は左SBに入っていた。


     


髪を黒くしたので始め誰だか分からなかった岩下。でもプレーは良くも悪くも変わらない。
ヘッドロックかましながら相手GKと競る瞬間。プロレスみたいだな。あ、 それとも、……キス?


     


逆転してさらに突き放す絶好機を続けて逸すると、思ったとおりに水戸の反撃にさらされて勘弁してくれ〜な時間がしばらく続いた。もし延長になっても断固として帰る。21:58の新幹線に絶対乗るからな、と反対側ゴール前で続くドタバタを遠くに眺めながら自分に言い聞かせる(東名集中工事があるのでJRで来たのだった)。
幸い延長は免れることができた。ロスタイムにおまけの2ゴールを加えて、4-1で勝利。次は四回戦(ベスト16)vs横浜M。まだまだ先は長い。


     


密集を破った真希の地を這うショットは、ポストをかすめてゴールならず。


     



わかってはいたけれど「勝者のメンタリティ」はこのチームには無縁なのだ。(チームに? 監督に?)
まだシーズンは続くのだから‘戦犯捜し’なんてしたくない。全部終わってから、笑いながら、冗談めかしてするつもりだ。
でも、長谷川健太の限界がここなら、ケンタズ・チルドレンもここまでなのかという不安は来季以降の没落の予兆としてつきまとう。そんなことはないと信じたい。でも、今季の成績以上にそれがいちばん怖いのだ。だからこその叱咤激励なのだ。
ヨーロッパの強豪ならば、とっくに監督は解任・交代しているはず、とつい深刻に考えてしまう自分もいるのだが、こういう試合―まったくエスパルスらしかった―のあとではいつでも「しょうがないから最後までつきあってやる」という気分にさせられてしまう。この頃は、あの夏までの嘘みたいな強さがやっぱり幻想なのであって、今の姿が本来のものなのだと思えてきて困る。本当に世話がやける。振り返ってみれば去年だってそうだったのだから、サポーターの自分にも「勝者のメンタリティ」なんてないのだ(笑) エスパルスの泣き笑い、全部を胸に刻みつけながら、それをこれから自分たちで築いていくということでいいじゃないか。
伊藤翔が最後のケンタズ・チルドレンになるのかどうかはまだわからないけれど、楽しみな選手なのはまちがいない。健太エスパルスが今季で終わるのなら、それはそれで見届けなければなるまい。


エスパルスのユニフォームを着たまま、スーツ姿の会社員が多い新幹線に乗りこんで帰る。今日は念願の小野のゴールもカメラに収められたし、思い残すことはないな…… でも、岡崎のダイビングヘッドはまだ撮ったことがない。あれはコンデジじゃ絶対ムリ。ということは、来年の天皇杯までおあずけ?