SION ライブ


   あと俺はここで、たかが何十年か生きて
     嗚呼、嬉しいだろう、つらいだろう くり返すのかい

本当だった。二十年前、そう唄っていた男が今日、そこにいた


目ん玉ひんむいて

   俺の腕、一本くれてやる
     おまえがほしい、ほしい

と叫んでいた奴が、二十五年後の今夜、この街の小さなステージに立ってた



SION アコースティックLive 2010〜SION with Bun Matsuda〜 / 12月13日 浜松窓枠】



クロマニヨンズ佐野元春のライブがある「浜松窓枠」のカレンダーを見ていて
 懐かしい名前を見つけた
それからどういう流れだったか彼のブログにたどり着いて、夜半まで笑って過ごした


あのSIONがブログを書いてるのが不思議でならなかった
しかも猫(たまご)の画像ばっかり
その写真がまた、いちいち良く撮れているのも小癪だったり


はじめは、ただ彼の生の声を、生の言葉を一つか二つ心に刻みつけられればいいと
 何も聴かないで行くつもりだった
だけどライブに行くのに最近の曲を一つも知らないないのはさすがに失礼だろうと
 十月にリリースされたデビュー二十五周年記念アルバムと銘打たれた“燦々と”を買った
その翌日、閉店間際のショップに車を走らせて“鏡雨”と“住人”も買ってきた
そして“I GET REQUESTS”も


こっちだって負けず劣らず乾ききったすれっ枯らしだ
今さら歌の一つや二つに励まされたりはしない
でも、この四枚には耳にこびりつく絶唱
 この先死ぬまでくちびるを離れそうもないマスターピースがいくつも収められていた



   幸せは一人じゃ歩かない
     不幸せとつるんで歩いてる


という渾身の名フレーズで始まる‘マイナスを脱ぎ捨てる’は


   風に鳥に なれるわきゃない
     だから、這ってでも いかなきゃよ
   動かずに 抜け出せる
     ぜいたくなトンネルは、ない
   マイナスを脱ぎ捨てる この先にある光を 浴びるために


と歌うエモーショナルなヴォーカルに身動きできなくなった


‘お前の空まで曇らせてたまるか’では


   たとえ俺がずぶ濡れになろうと
     一滴もお前を濡らさしゃしない


という必殺の一行に泣かされた



       




ルー・リードの名盤“NEW YORK”の中のロックンロール‘Romeo Had Juliette’に乗って
 松田氏が姿を見せ、続いてSION登場!
‘午前三時の街角で’‘夜しか泳げない’で始まり
「『龍馬伝』の打ち上げでやった曲」と福山との共作が並べられて

その次だったか ‘狂い花胸に’であえなく決壊した

アンコールの‘12月’‘金色のライオン’‘たまには自分を褒めてやろう’‘このままが’まで
二時間はあっという間に過ぎた


ステージには二人しかいない
一人がギターを弾き、一人が歌うだけなのに
全二十篇以上のドラマを見ているようでもあった
SIONでなければ描けない光景をSIONでなければ伝えられない声で
SION自身が言葉にしてみせるのだった
唸りと呻きこそが彼なのだ
全部が名唱と名演だった



SIONの灯は消えてなかった
燃え尽きそうになってもドクロリングの手で包んで守り続けた小さな炎は
 まだ残っていた
仄かな消え入りそうな火だって、風にゆらめいて辺りを明るく照らす一瞬がある 


その一瞬に賭けて、その瞬間に跳べ
光を求める者こそが光を放つ
つぶれそうに喉を震わせてSIONは吐き出すように歌っていた



以前は自虐的で感傷的な、自己憐憫が痛々しいばかりの歌が多かった
トム・ウェイツ気取りで悲哀を強調した彼の私小説的な詞世界は
 現実と対峙してきた男の痛切なドキュメントに変わっていた
甘い後悔から苦い反省へ、なりふりかまわぬ叫びは実感のこもった呻きへと変わっていた
虚飾を廃して胸のうちに残ったかすかな言葉だけを大事に大事にかき集めて
つぶやくように、ささやくように、そっと口ずさんでみるしかなかった
そういう歌が、たぶんブルースになるのだ


  下げ慣れない頭を下げ、下手な笑顔で
     この時代、無傷なやつなどいない


そんな歌どもが、同時代を生きる者たちの伴走者となりうることを
 彼は知っていただろうか
かつて光の洪水の中でマシンガンのごとく言葉の弾丸を乱射していた彼が今、
 地方都市の小さなライブハウスで身悶えして声を振り絞っている
その距離はかつて遠い軌道に飛び去って見えなくなった星が
 ゆるやかな円弧で再接近してきたような近さに思えた
この二十年。どれだけむき身の肌を寒風にさらし、冷雨に刺されてきたか
折れかけた心と切れかけた神経をなんとかつなぎ止めてきた
それは少なからず自分の身に起こったことでもあって
 だから、歩み寄ったのはどうやら彼の方ばかりではなさそうだった


二十年ぶりに見るSION
 こんなに懐かしく近く感じられると思わなかった
お互いにもう悪あがきをする頃は過ぎ去ったのだと、
 本当はただそれだけのことなのかもしれない
でも、生きてるかぎり、確かな手がかりを探し求めるのは止められない
暗闇で手探りする指先に触れるものだけを信じればいいのだとしたら
 今のSIONの歌がきっとそれだ
明日から、ちょっと頼りにしていいか、SION


   散歩中の犬が 「無理しちゃって」と 
     まん丸い目で 俺を見上げるが
   無理をしないで 生きていられる者は
     この世にはいない、おまえにも分かるだろ



もしもあの晩、彼のブログを見つけていなかったら、ライブを観ようと思ったかどうかわからない
まだあのしみったれた歌を歌ってやがんのかぐらいに思って
師走の月曜に無理して午後休を取ろうとなんてしなかったかもしれない


   うまくやってるお前と誰かと
     俺のために 乾杯!


元気そうでなによりだった
「ありがとう」はこっちのセリフだよ

洗剤入れ忘れたぐらいで泣くなってんだ(笑)
あんたの方が長生きするかもな
いつまでも歌って歌って、歌い倒せよ、SION