なでしこからの贈り物


7月18日、午前三時から生中継を見守る。1-1で延長突入時点で五時半。出勤の時間だ。もうあとは祈るだけ。テレビを消して家を出た(代表ジャージを着て)。
平静を装いつつ仕事をしていると、同僚が手招きしている。「ほれ」ケータイの画面にジャパンブルーの笑顔が躍っている。あんた、仕事中にワンセグ見てるって……、勝った?勝ったのか!



【 ドイツ女子W杯決勝:日本 2 (PK3-1) 2アメリカ / 3.11の年のなでしこジャパン



FIFA女子サッカー・ワールドカップのドイツ大会が日本の優勝で幕を閉じた。女子サッカーの歴史に新たな1ページを加える価値ある優勝。 おめでとう、なでしこ!!
個人的なMVPはMF坂口さん。彼女が男ならエスパルスに欲しいぞ。


          


これまでだって、女子日本代表「なでしこ」を見るのはいつだって楽しかった。チームワークだけにポイントを絞れば、大橋・前監督のときから「なでしこ」は世界一だった。
女子サッカーでは男子以上に体格差のハンデが大きい。それを埋めるには運動量と連係しかない。オシム以降の男子代表「サムライ」が掲げた‘日本化’は、「なでしこ」が男子にさきがけてやってきたことなのである。
一人では止められない相手には必ず二人三人でプレッシャーをかけに行く。ボールを奪えばすかさず散って複数のパスコースをつくる。ヘディング勝負では勝てないから自然とショートパス主体の攻撃になる。局面での数的優位を保つためにフィールド全域で密集と分散を途切れさせない。けなげなたたずまいには、しぶとさとしたたかさが隠されている。それが「なでしこ」のスタイルだった。


しかし善戦及ばず、最後には欧米人の馬力に屈して「なでしこ」の挑戦は退けられてきた。
キック力の弱さ、平均身長の低さ(特にセンターバックゴールキーパーのサイズ)、爆発的な強力FW不在という絶対不利な弱点が克服されたわけではない。なのに、今回負けなくなったのはなぜか。
個々のスキルとフィジカルの強さは確かに上がった。特に、海外でのプレー経験がある選手が増え、外国選手の当たりの強さに慣れてきたことは大きいだろう。
一方、チーム戦術としては‘なでしこ流’の一層の進化が図られていた。突出した選手はいないかわりに全員がハードワークできる均質さという点でこのチームはユニークであり、実に日本的だった。かといって個性的ではないのかといえば、そうではない。
攻守に渡る大黒柱が沢さんなのは誰の目にも明らかだが、パスサッカーの心臓部を担ったのは宮間さんと坂口さんだった。もうすっかりベテランの風格があるが、ともにまだ二十代半ばのプレーヤー。中盤でセンス良くボールをさばいてチームを落ち着かせるこの二人の存在なくして日本のパス戦術はありえなかった。
「蹴ったら負け」 女子サッカー界で幅を利かす体力・走力至上のサッカーを志向したら、日本に勝ち目はない。主流の方法論に見切りをつけ、自分たちの特長を最大限に活かすスタイルが確立されていった。今大会はその真価、なでしこ流の方法論の正しさを証明する大会になった。


ヘビー級に軽量級選手が挑むがごとくに、弱点を最大の長所に転じようとする変則スタイルの徹底ぶりは明らかに他チームと異質だった。
アメリカ、ドイツ、ブラジル、スウェーデン。歴代の優勝国にして今大会でも優勝候補に挙げられていた世界ランク上位の常連たちは、ほとんど同じ理由で、そしてサッカーという競技の常識的に、強い。ドイツには‘女クローゼ’が、ブラジルには‘女ロナウジーニョ’がいて、スウェーデンには‘女ズラタンイブラヒモビッチ)’がいた。アメリカにはあの181cm、名前からするとおそらくドイツ系のワンバックがいた。すなわち、スピードとパワーを併せ持つ強力なストライカーが世界に君臨する列強最強の武器だ。
日本には‘SAWA’がいたが、彼女はエースストライカーではない。世界基準から見れば‘異端’の日本チームの、彼女は象徴であり統率者であり、頼れる長女だった。
アメ車と軽自動車の対決みたいな決勝を見ていると、日本にワンバック(みたいなFW)がいれば…とどうしても思ってしまう。だけど、大型の万能フォワード頼みのサッカーを目指すなら、「なでしこ」が「なでしこ」である必要はないのだ。


共通意識。連動性。(強制ではなく自主的な)規律。そして団結力。かつてユーロを制したデンマークギリシャのように、チームワークで頂点を極めるのはサッカーの世界でけして異例なことではない。それでも二十一世紀のサッカー界では世界的な格差拡大傾向を反映したものか、リッチでビッグな優勝候補が順当に優勝する傾向が強まる一方だ。
今回の「なでしこ」の優勝が何より喜ばしいのは、「スピードとパワー」一辺倒の世界基準に背いて、日本独自のスタイルを貫いて勝ったことにある。もしアメリカがこの決勝に勝っていたなら、女子サッカーのアスリート志向(男子化傾向と言い換えてもいい) ―もっと速く、もっと強く― にますます拍車がかかったはずだ。それはサッカー好きというよりもスポーツエリートを、ボール扱いよりもダッシュ力を、プレーヤーというより兵士を重用するかのような味気ない筋肉賛美の趨勢である。
PK戦。スポットにボールをセットしたところでアップに映し出される日米選手の表情の違いに、そんなことを思ったのだった。思いこみにすぎないかもしれないが、書いてしまう。世界ランク1位、USAのメンバーよりも「なでしこ」たちの方がサッカーを好きだ。
日本の優勝には、アメリカみたいな、ドイツみたいなサッカーを目指さなくても良いのだというメッセージが含まれている。それは悲しくも最近の男子サッカーからは失われつつある世界の多様性を肯定するもので、世界中のサッカー好きな子供たちに届けられた幸福な‘なでしこからの贈り物’でもあった。


          


今大会の開催地がドイツだったことも、日本にはプラスだったのかもしれない。
ここ数年の間に男子のみならず女子にもドイツでプレーする選手が増えていることは、日独の親和性の高さを表す事実だ。基本的には日本選手に無関心なスペイン、イングランド、イタリアとは違ってドイツのクラブだけが日本人に興味を持ち、また長谷部、香川、内田のようにレギュラーとして活躍する選手も増えているということは、プレーの質以外の環境面でも日本人にフィットしやすいのだろう。


今大会は日本の全試合と決勝トーナメントの数試合を見た。個人的に最も記憶に残っている名場面は、日本とイングランドのグループリーグ最終戦、試合後におなじみになった「TO OUR FRIENDS AROUND THE WORLD, THANK YOU FOR YOUR SUPPORT」のメッセージを掲げて場内を一周する日本選手団イングランドの選手も加わった場面だった。
日本に勝って予選ラウンド通過を決めた精神的余裕があったのかもしれないが、もし試合に負けていたとしても、イングランドはきっと同じように「なでしこ」と肩を組んで歩いたことだろう。
イングランドもまた、イングランドだった。センターフォワードゴールキーパーの王国は、女子サッカーにおいても変わりなかった(ベスト8でフランスにPK負けするトホホなところも…)。フットボールの母国にして女性がサッカーをプレーすることにはずっと冷淡だったイングランド。『ベッカムに恋して』の世代が今大会、唯一日本を破ったのだった。
(来年のロンドン五輪女子サッカーには「イギリス代表」が登場するのだろうか? というか、いまだに決定していないなんて大丈夫なのか? スコットランド独立の気運も高まっているらしいし)


16チーム、四グループの予選ラウンド、ベスト8からのトーナメント。32チームに拡大して質の低下は明らかな男子W杯と比べると、大会規模としてはやはりこれがベストだと感じる。
女子サッカーにはまだまだ稚拙なプレーも多い。女性レフェリーのミスジャッジも目につく。だが、夾雑物にまみれた男子サッカーを見なれた目には、ひたむきにボールを追い、ひたすら走りぬく彼女たちの姿が実に清々しく映った。ラフプレーや商業主義に汚れていないサッカーは、性別やカテゴリに関係なく良いものだ。
ホスト国とは無関係の試合でも大声援と自然発生的な手拍子で選手を鼓舞するドイツのスタジアムの雰囲気も素晴らしく、好ゲームの多い素晴らしい大会だった。


ここで一つ、自分の希望を記しておきたい。
東京五輪招致なんてやめて、女子W杯サッカーを招致しようではないか。ドイツをはじめ世界各国への恩返しの気持ちもこめて。決勝は仙台で。ナイスアイデアだと思うのだが、どうだろうか?

……と思ったら、すでにそういうアクションをJFAは起こしているのだった。2015年のカナダ大会の次、2019年の招致をめざすそうだ。(ラグビーW杯ジャパンと同じ年だが……、両方やっちゃえ!)


サッカーに限らない。「なでしこ」のようなやり方。「なでしこ」のような生き方。大手広告会社のどんな復興PRより、彼女たちの姿が日本の行く道を明るく照らしているのではないか。
3.11の年の7.18。今、われわれにはこういう代表があることを誇りに思う。

今週末は磐田で開かれる高校女子サッカー選手権「若きなでしこたち」を見に行くつもりでいる。