エスパルス32節 / 清水の光


【 11月16日 / 天皇杯三回戦:清水 5−0 鳥取 / ‘愛のゴール’ 】


来季の構想から外れた永井の意地の一発は、ピッチとスタンドが渾然一体となったムードの中で生まれた。四月に行われた代表とJ選抜のチャリティゲームにおけるカズの‘国民的ゴール’の、まさに清水版だった。


     


清水での三年は、彼にとって不遇の時代だった。だが、小野に続いて高原もUターンして来たのには、一足先に彼が清水でプレーしていたことが要因の一つだったにちがいない。プロになりたての一回りも若い選手たちの兄貴分としてグランド内外で果たした役割も小さくはないだろう。
一瞬にして二人のDFを置き去りにして決めたこのゴールは、現役続行を表明している永井雄一郎の名刺代わりのようなものだ。清水サポーターから彼へ、そして彼からサポーターへと贈られた幸福なプレゼントでもあった。
戦術やチーム事情を超え、ただのスコアであることを超えて、胸に刻まれるゴールの形があるのなら、この夜の彼のゴールがまさしくそうだった。つまり、「愛」の成分を含んでいたのである。泣きたくなるほど嬉しくて、切ないゴールだった。


     


でも、まだこれが永井のエスパルス・ラストゴールと決まったわけではない。




【 11月20日 / Jリーグ第32節:清水 1−2 柏 / ‘清水の光’ 】



試合前、メインスタンド通路下に見慣れた顔があった。思わず手を振って「お帰り、元気か?」と声をかけると、黄色でもない、オレンジでもない、スーツ姿だった彼は小さくうなずいて笑って手を振り返してくれた。


前半、ボスナー砲が炸裂して、清水が1点リードで折り返す。

          
     

しかし後半、柏に攻勢を許して耐えきれずに逆転負け。


今日の最大の焦点は、柏の攻撃の核、レアンドロとワグネルを清水がどう封じるかだった。ヨンアピンをサポートしてその二人をケアする。最終ラインからボールを引き出してユングベリへの中継点となり、それからさらにゴール前に走りこむ。献身的かつ精力的に動いて前半のエスパルスのリズムをつくっていたのは枝村だった。


この試合の「清水の光」になりそうだった枝村の交代がすべてだったと思う。
後半、警告を受けたヨンアピンはナーバスにならざるをえなかった。彼の周囲を絶えず気にしていた枝村を早々に下げてしまったことで形勢は逆転してしまった。
「柏が首位をキープ」したのではなく、清水がベンチワークから自滅した。自分にはそう思えてならない。



(11月17日 追記)

われわれサポーターは、枝村という選手をもう何年も見てきてよく知っている。だが新指揮官はまだ八ヶ月しか見ていない。今シーズンはこれまでにも、サポーターとしての実感と現場の判断との温度差を痛感することが何度もあった。
昨日の枝村は小野とも浩太ともちがうセンスを発揮して、敵将ネルシーニョの頭を悩ませた。味方の欠点と相手の弱点を的確に把握してプレーしている彼の姿が自分には頼もしくも健気にも見えた。しかし、ゴトビ監督にはまだもの足りなかった。あれでもまだ枝村の表現は控えめに映ったのだ。彼は何としてでもゴールをもぎ取らねばならなかった。


     


来季も現体制、同じシステムなのだとすれば、中盤は今以上の激戦区になる。小野、ユングベリヨンアピン。彼らのコンディションが万全なら、すでにイスはない。そこに大悟が復帰を期す。新加入の白崎、河合。さらに翌年にはユースから石毛君が控えている。(近い将来、中盤の王国を形成するに足る充分な人材がそろうはずだ ―‘ちびっ子軍団’になりそうなのが気がかりではあるが…)
MFだけでなく、実際には各ポジションにあるべき競争原理が機能しているとはいえない現状。最終ラインで軽率なミスをしても許されるぬるさ。最近の試合からチーム内競争のシビアさが伝わってこないのも事実である。
昨年とはちがって、この冬、どんな選別淘汰が行われようと自分は動揺しないつもりだ。