エスパルス2012:第15節 / 銀河系代表ゴールと999ゴール


【 6月19日 / EURO2012 / イブラヒモビッチのゴール 】


右から山なりのクロスが送られる。ゆっくりバイタルエリア中央に入ってきた2メートル近い大男がジャンプ一閃、宙に身をひるがえして力強くミートしたボールは正確にゴール左隅を射抜いた。
その間、ほんの数秒。しかし、その数秒はどんなハリウッド映画よりスペクタクルで、どんなベストセラーよりもミステリアスなものだった。


どうしてあの時間、あの場所に、世界屈指の最強ストライカーが野放しになっていたのか? ゴール前のもっとも危険なエリアがぽっかりと空いて、そこにボールが落下してくるまで、時間が止まったかのようだった。ピッチ上にイブラヒモビッチ一人しかいないみたいだった。
そこでわれわれは思い出すのである。ファンバステンの、ジダンのボレーを。ルーニーのオーバーヘッドを。
どんな屈強なディフェンダーも、頭上高くから落ちてくるボールとピッチ上の相手選手を同時に見ることはできない。人間の弱点は人間の証明でもある。次の瞬間、彼の視界にいきなり悠然と身を躍らせる者が飛びこんでくる。気づいたときにはもう手遅れだ… 現代サッカー最高峰の舞台にも、こういう人間らしい「間」があるのだ。


スウェーデンはすでにグループリーグ敗退が決まっていた。勝とうが負けようが、このフランス戦を最後に大会を去る。そういうゲームであのようなゴールが生まれることが、この大会の質の高さを表している。
このゴールはユーロ2012予選リーグ中の単なる一スコアではない。獰猛で野蛮で豪快で、しかし軽やかに優雅でもあったイブラヒモビッチのボレーは、まずスウェーデンの全サッカー少年の心を奮い立たせた。世界中の少年たちの心にも鮮やかに刻まれたことだろう。そしてこの星、サッカーの惑星の、サッカーを愛するすべての住人の胸にあらゆる感情の渦を巻きおこした。サッカーであってサッカーではないもの、妖精のいたづらみたいな、何か詩的なファンタジックなものに触れたときの畏敬の念とともに。
敵も味方もない。勝負の行方も関係ない。ただ歓声をあげ、祝福しさえすれば良かった。イブラヒモビッチが芝を蹴って宙に舞ったあの瞬間、きっと地球は一つだったと思われるのだが、だとしたらあのショットは、世界平和にいくばくかは貢献したのだ。
超人。あるいは怪人。これまでに何度も人間離れした曲芸を見せてきた彼がこの日放ったシュートは、サッカー正史に飾るにふさわしい記念碑的な、まったく普通に美しいジャンプボレーだった。孤高の異端児が決めた惑星最高のゴール。われらが銀河系代表フォワード、ズラタンイブラヒモビッチ。超人は哲人になったのである。




【 6月23日 / Jリーグ第15節 :清水 1-1 鳥栖 / ‘銀河系と駿河湾’ 】



スウェーデン代表の‘あの人…’が来たのだから、ズラタンがいつか清水にやって来る可能性はゼロではあるまい。おそれ多いのは百も承知だが、今からそんな想像をしてみるのはちょっと愉快だ。
いや、現実に目を向けよう。華やかで高級な大人の匂いがするユーロから目を転じて、日本のJリーグである。せせこましくてちまちましてて、それゆえに身近で愛しいアウスタ日本平エスパルスである。
ユーロとは何もかもが違う。  強いて共通点を挙げるとすれば、サポーターに美女が多いということぐらいか  銀河系には遠く及ばずとも、何かしら清水静岡ならではの矜持を見せてくれるはずと思っていたのに、何にもなかった。


     


初めて見るサガン鳥栖。今季J1に初昇格して、ここまで9位と健闘している。守備的なチームという先入観があったのだが、セカンドボールをよく拾い、前線の三人(豊田、早坂、池田)だけでフィニッシュまで持っていく迫力があって、よく鍛えられている印象が残った。今日の試合、やることが明確だったのは明らかに鳥栖の方だった。
昨季J2得点王で清水がオファーを出したといわれる1トップの豊田は、スピードも高さもフィジカルもある好アタッカーだった。平岡ではなくヨンアピンとのマッチアップになるようポジション取りをしていたのは自信の表れだろうか。今季ここまでほぼ無敵といえる仕事ぶりのヨンアピンを最もてこずらせた相手だったと思う。
監督は元セレッソ尹晶煥ユン・ジョンファン)。2002年の元旦、エスパルスとの天皇杯決勝で終了間際に同点弾を放ったあの人だ。まだ若い彼がこの鳥栖を好チームに仕立ててきた。


     
     


J1に昇格したとはいえ、18クラブ中、最も南に位置することは、アウェー戦の移動距離を考えればハンディがある。不平等だとはけして自らが口にしてはならないが、関東から関西圏の大半のクラブが半日の移動時間で済むところを彼らは一日がかりで行き、帰らねばならないのだから、実際には不利であろう。
MDPでメンバーの経歴(登録チーム歴)を見てみる。どうやら苦労人が多いのは一目瞭然である。対する清水はどうかといえば、小野、高原を筆頭に、元代表、五輪代表候補数名、ユース上がりで清水以外でのプレー経験がない選手多数を含む。ネームバリュー、それに恵まれた環境を考えれば清水が圧倒したっておかしくないはずなのに、そうならないのは何故か?
今夜の鳥栖サポーターは多く見積もって数十人だった。一万七千人のサポートで1点取ったチームと、百人弱のサポートで1点取ったビジターチーム。サポーターの存在意義を否定しかねないこの結果を引き分けといえるだろうか? 今週の台風と大雨の影響は静岡より九州の方が大きかった。鳥栖はこの一週間、練習も満足にはできなかったのではないか。様々な要素を鑑みても、浮かんでくるのはホームチームのふがいなさばかりだ。
二十年の歴史を築いてきた先輩格でありながら、今日の清水はJ1一年目のアウェーサポーターの期待をも裏切ったのである。


     
     


サバイブするための具体的な方策を実践している鳥栖と、何となく戦っているだけのように見える清水。「ファーストプレス」、「サイド攻撃」、「ポゼッションを高める」という一連の合言葉すら今日は忘れられていた。二列目の上下動がないままフォーメーション全体を押し上げたって、スペースがなくなるだけだ。
一週間のインターバルがあっても、リセットもリフレッシュもされない。長谷部のベストセラー本でも読んだみたらどうだろうか。
そろそろ八反田クンの出番が巡ってきそうなのは楽しみである。