SION ライブ

SION アコースティックLive 2012 〜SION with Bun Matsuda〜 / 12月16日 浜松窓枠】


     


十二月、今年もSIONサンタが浜松にやって来た。
師走恒例のお楽しみ、年に一度のSIONライブが週末に迫った12日、彼のブログをのぞくと、なな、なんと、足を骨折したというではないか……! すわ、ツアー中止かと思ったが、続行(強行?)とのことでひとまず胸をなでおろすも、何やっとんねん、と怒りたくなった。
骨折理由は書いてなかったが、兄ぃのことだ、だいたいこんなとこだろう↓。


   1. 逃げようとして
   2. たまごを踏んづけそうになってこけた
   3. 器財を踏んづけそうになってこけた
   4. 月に見とれていて転落
   5. 四回転ジャンプ着地失敗



翌13日夜、帰宅すると夜空にひとすじの閃光が。オリオン座とシリウスの間を横切る明るい光の帯。ふたご座流星群の流れ星だ!
久しぶりに風のない寒くない夜だったので、星空を眺めながらちょっとだけ近所をお散歩。23時頃から三十分弱のあいだに四つの流れ星がヒュー、ヒューっと飛んでいくのを見ることができた。
「宝くじ当たりますように」から始めて三つ祈ったところでさすがに冷えてきて帰ろうと思ったのだが、シオンの足のことを忘れていたので、もう一つ流れるまでと歩いていったら側溝に落ちて右足首を捻挫した。四つめのお祈りは「SIONの足が早く治りますように… ついでに俺のも頼んます」


     



いつものように、一年前のライブがまるで昨日のことだったみたいに、ルー・リードに乗って文さんが登場。それから松葉杖をついてSIONが出てきた。「全然痛くないんよ、もう笑っちゃうくらいに痛くないんだ」と笑ってみせる。座って歌えばいいものを、彼は立って歌ったのだった。
しかし歌声に痛みはまったく感じさせず、ひとたびSIONの口から漏れれば吐息すらブルースという祈りに変わるのだ。いや、むしろ痛みをこらえようとする歯ぎしりがあの絶唱にいっそうの迫力を増したのか。それとも、歌うときには痛みなんて忘れられるものなのか。ブルースシンガーとはそういう生き物なのか。


SIONも文さんも立って演奏しているのに自分は座っていられなくて、途中から最後列で立って見た。毎回そうしているんだけど。そうなっちゃうんだけど。
‘鏡雨’のイントロが響いた瞬間に席を立っていた。


     


     耳を塞げば塞ぐほど増殖するその声と想いの
       所有者を静かに静かに教える雨が
         街を映す 君を映す 飾りを一切排除した鏡となって

     人はひとつだと みんな同じだと
       バカ言ってんじゃねえ みんな違うからのたうち回ってんだろ


今回、SIONは多くの曲でハープを吹いた。59歳の誕生日を迎えたばかりの文さんはオープン・チューニングを自在に操って、詞にふさわしいコントラストとグラデーションを添えていく。今年も名唱と名演が更新されるのを目撃した。
宅録盤「Naked Tracks」の曲がスタジオレコーディングされ、さらにこのアコースティックライブで深化される。一度バンドアレンジで完成させた楽曲を、再び歌とギターだけに絞って削る。一つの感情が形を変え色を変えて磨かれていく。そういう作業を経てきた歌が息づく瞬間にリスナーが立ち会えるのは幸福という以外ない。ギターと歌だけのフォークっぽい構成なのに、吐露される感情はどこを切ってもロックがどくどくと脈打っている。 


衆院選挙の夜に‘マイナスを脱ぎすてる’を聴く。SIONにとっても自分にとっても大切なこの歌にそんなことをしていいのかと迷ったのはほんの一瞬だけだった。SIONの手招きに呼応して、ローローを思い切り叫んでいた。


SIONサンタからのもう一つの贈り物、“Naked Tracks 5”は昨年2011年ツアーのライブ盤。どうせなら麗蘭磔磔盤みたいに毎年出してほしい。奴らに対抗できるのは、われらが‘煩悩ブラザーズ’だけだ。それに、これはSIONと松田文だけではない、俺たちみんなの心を映したドキュメントでもあるのだから。
よし、今度の宝くじは当たるはずなので俺がCDつくってやる。運転手もやってやる。SION、待っててくれ。


もう一つ。今週土曜日放送の「悪夢ちゃん」最終回にまたまたSION出演とのこと。
この前はチョイ役ながら、ろくでなしのDV男を演じて主演・北川景子の首を締めたあげくに泣きの一曲を披露するという暴れっぷりでどうにもドラマから浮いていたが、今回はどうなることやら。ハラハラしながら見守ることになりそうである。