上田早夕里/火星ダーク・バラード

『魚舟・獣舟』が良かった上田早夕里さんのデビュー作(小松左京賞受賞)。前に読んだけど加筆改稿されて文庫化されていたと知って、すかさず買ってきました!

【上田早夕里/火星ダーク・バラード(519P)/ハルキ文庫(090204-0206)】

狭いながらも本密度はなかなか高い我が家(整理してないだけ)。処分したっけ?とあきらめつつ探すこと数時間、なぜか妹の荷物を詰め込んだ段ボール箱の中で発見。おぉ、この表紙!2003年の初版だ。当時はあまり熱心な読書家ではなかったし、正直あまり印象に残ってなかったこの作品。五年過ぎて再読することになるとは、本の運命もいろいろだ…


     

     (ハードカバーは−角川春樹事務所・2003年12月・395P)


火星治安管理局の捜査官・水島は逮捕した連続殺人犯を列車で護送中、事故に巻き込まれる。同僚は死亡、犯人は逃走。水島が犯人として拘束され、当局は事件を闇に葬ろうとする。水島は真相を追って個人捜査を始める。偶然同じ列車に乗っていた少女・アデリーンが重大な鍵を握っていたのだが、彼女は超共有性という能力を持った〈プログレッシブ〉だった…

プログレッシブ〉とは、遺伝子改変により木星以遠の深宇宙への適応能力を高めた新人類。アデリーンは研究所での実験で、他者の感情を読み、周囲のエネルギーを収束・放出する力を発現していた。やがて彼女は自分の能力を制御する術を覚え、さらに大きな力を発動するようになっていく。

 …それをやってこなかったのは、倫理的・宗教的な部分で、解決がつかなかったからにすぎない。
 人間が人間をつくる、種が種を改良するという行為に、的確な価値判断を与えられないまま、人類は火星に都市を作ってしまった。

火星に生まれ育ち、宇宙環境への適応を高めた人類は、はたして地球の人間と同じなのか?彼らに地球時代の倫理観は通用するのか?
秘密裏にプログレッシブ計画を推進しようとする政府機関とアデリーンのナイーブな人間性の対比で、長足な技術進歩が孕む危険性がうまく書かれていく。
つい先日もips細胞の実験で骨髄を損傷したマウスが歩いたとのニュースがあったが、本書の中にもips細胞で人体修復する記述が出てくる。伊坂幸太郎『重力ピエロ』にもあった「ジーン・リッチ」の記述もあって、ニュースで見聞きする科学系の記事よりも、小説内のイメージは覚えているもんだなあと思う。
『魚舟・獣舟』でもそうだったが、最新の科学的成果をストーリーに活かしつつ、輝かしい面ばかりではないことをこの作者はしっかり書いていて、安心して読める。

 「バラードというのは、イタリア語で『物語』を意味する言葉から生まれた音楽用語だ。だからダーク・バラードは『ダーク・ストーリー』という意味でもあるんだが―」

水島とアデリーンのストーリーが平行して描かれ、それがクロスする場面の緊張感が良い。ストーリー的にはこの二人をどうやって不自然な形にならないようにつなげられるかがキモだったと思う。トリックではないかと疑う水島と、信じてほしくて能力を見せるアデリーン。超能力モノでは大事なシーンを経て二人の人生が一本のレールを走り始める。
能力者ゆえの孤独と苦悩もよく描かれている(宮部みゆき『龍は眠る』『クロスファイア』ほどの切迫感はないが)。人工的な人間が普通の人間世界に生きていく悲哀をにじませつつも、水島や友人との関わりを深める中で、自分の能力をコントロールできるようになっていく流れも良かった。


だが、彼女が攻撃性を帯びた後半はいささか劇画調が強すぎた感が‥。
人類的な使命を課せられた運命に抗いながら、次第に人間としての自我を積み上げてきたのに、水島のためならとアデリーンが兵器化してしまうのは残念。
彼女の暴走を抑えるべき水島が、なんだかだで彼女の能力に頼りっぱなしなのも、あんまりカッコ良くない。政府機関側と交わす取引=罠→脱出のくり返しも少々くどい。単行本で読んだときに感じた、終始ハード・ボイルド調の彼に対するアデリーンの一方的な想いも、やはり解せないものがあった。


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文庫版を通読後、単行本をぱらぱら読んでみた。ちゃんと読み比べしたわけではないが、けっこう加筆修整されてるもよう。
最大の違いは単行本にはなかった「第六章 選択」が加えられていること。結末が違うのだ(!)。かなり読後感が違ってくると思う。第五章以前の加筆部分も、このラストのために少しずつニュアンスが変えられているようだった。
うーん、、、自分的には単行本のラストの方が好きだったかな。。。

それにしてもSFマニアでもないのに『火星ダーク・バラード』単行本&文庫で持ってるオレは、オオカミ族。


デビュー作でもあり、文章も若く、エンタテイメント性が強い作品。深さとリアリティを感じさせるハード感は『魚舟・獣舟』の方が断然上だ。もしかしたら、『魚舟・獣舟』の世界観に近づけるために、デビュー作のタッチを変えたのかな、とも思った。
作家の成長を追うのも読書の楽しみ。今後の新作がとても楽しみな作家さんです!