佐藤亜紀/雲雀(ひばり)

佐藤亜紀/雲雀(ひばり・234P)/文藝春秋(090215-0217)】

唐突に終わって取り残された感のあった『天使』の姉妹篇で、今風の言い方をすれば『天使』から派生したスピン・オフ作品ということになる。2003年に別冊文藝春秋に発表された三編と書き下ろし一編を収めた作品集。

       


《王国》はロシア軍に捕虜として捕らえられた兄弟の兵士が脱走を試み、ジェルジュに救われ部下となるエピソード。この二人も能力者なのだが、あまり「感覚」に自覚的でなく『天使』の登場人物と違って殺気を漂わせない飄々としたキャラクターである。この兄弟は四話めの《雲雀》にも登場して重要な役を果たすことになる。


《花嫁》はジェルジュの父親の若き日の話で、『天使』の中でも触れられていた出生の経緯が分かるサイドストーリー。人妻への盲目的な恋に走るやくざな男と、彼を絶対に受け入れようとしない堅気の女。『天使』でのレオノーレもそうだったが、若くはないが内に熱を秘めた女の強さが上手く書かれていて引きこまれる。

ヴィリは求めていることを隠そうともしなかったし、グレゴールは幾度も、全てを灼き尽くすような熱に挑むことができた。その度に、骨まで燃え上がり、灰さえ残らない気がした。蛇のように幾度も皮を脱ぎ捨て、最後の瞬間に、全てを剥ぎ取られて残った、白く輝く宝石の針のような自分を見出した。ヴィリは交わった体の奧から叫びを上げた。何度も、繰り返し、ほとんど我を忘れてグレゴールを引きずり込もうとし、果てた。


父親、母親、バイオリン弾きの育ての親、兄。顧問官スタイニッツ(『人形や死人でも、これ以上に死んじゃいないな』)との関係。ジェルジュの相関図めいたものをメモしてみて、これでスッキリした。オオカミ族の「感覚」を解放したまま読んでみたら、佐藤亜紀さんも同じ図を書いていたのが見えた……気がした(笑)。


やはり『天使』の登場人物であるヨヴァンが敵組織の「狂犬」と呼ばれる強力な能力者として再びジェルジュの前に現れる。短いが激しい対決を経て、異能の者同士の友情が芽生える《猟犬》は書き下ろし作品。


スタイニッツの死で後ろ盾を失ったジェルジュが、大公の娘ギゼラを連れて新たな人生に踏み出そうとする《雲雀》は『天使』からの物語の終章でもある。

少年期から顧問官のもとで有能な能力者としてしか生きてこなかったジェルジュは、異能の怪物化していくのではなく人間へと回帰していく。
相変わらずの感覚の冴えで無敵っぷり(『やめといた方がいいです。その人は意識のない状態の方が物騒です』)を誇り、ライバル的な存在だったディートリヒシュタイン(絵に描いたような金髪色白の貴公子然としていて、絵に描いたように高慢でヒステリック)から女も奪って決着をつける。

 長い間、二人は身じろぎもせずに抱きあっていた。恐ろしいくらいに幸福だった。体を動かしたら二度と同じようには抱きあえない気がした。致命的な傷を負ったようにも思えた。傷に傷を重ね、血に血を混ぜ合わせ、喘ぎながら死に至るのを待っているようでもあった。

ちょっと…やり過ぎ。ここまで散々悲愴な運命を仄めかしといて、なんだかんだでいい思いしてんじゃん!? と鼻白まないでもなかったが、ニヤニヤしながら読んだのだった。『天使』で抑えていた佐藤亜紀さんの「感覚」が最後に暴発したのかもね。


ジェルジュが他の能力者たちより長けていたのは、その爆発的パワーなのではなくて、抑え、絞って、どう使うか、どのタイミングで解放するかという統御術だったのだろう。
『天使』の世界観とは違って人間関係に焦点を当てた四話になっていて、それぞれが一話完結としても読めるので展開が分かりやすく、楽しく読めてしまったのが意外。この二冊が互いに補完しあっている部分も多く、続けて読んで正解だった。面白かった!