R.ジェイコブセン/ハチはなぜ大量死したのか

4月11日(土)の夕刊を見て驚いた。
「21都県 ミツバチ不足 農水省が対策検討」― その記事は、まさにこれから読もうとしている本に書かれていることだった!

以下、関連記事リンク
ミツバチ失踪 農薬?伝染病?環境変化?受粉作業できず果物高騰も (2009.4.10 Yahoo!ニュース)
全米でミツバチ突然消える 被害20州超える (2007.3.01 asahi.com)
小型無線タグで失踪ミツバチを追跡 (2008.11.14 ナショナルジオグラフィックニュース)
ミツバチ不足/生産資材の自給目指せ (2008.5.15 日本農業新聞)

数年前から国内でもミツバチの異変が報告されていたことに驚かされる。関連記事もネット上に多数見つけることができて、ほとんど本書の内容どおりだ。この本読まなくてもいいかも…?とチラっと思ったが、ところがどっこい!


【ローワン・ジェイコブセン/ハチはなぜ大量死したのか(339P)/文藝春秋・2009年(090411-0415)】
Fruitless Fall by Rowan Jacobsen
訳:中里恭子 解説:福岡伸一

       


近年、世界中でミツバチの巣から働き蜂が消えたという報告が相次いでいる。CCD症候群(蜂群崩壊症候群)という現象は、2007年春には北半球のミツバチの四分の一が失踪するという事態にまで発展し、原因が解明されないまま現在も拡大進行中だ。
本書はアメリカの大規模農場に花粉媒介者として投入されるミツバチの苛酷な労働状況を紹介しながら、失踪の謎を追っていく。

彼は地面に手と膝をついて野原を這いまわった。顔を地面から数インチのところまで近づけて、少なくとも蜂が巻き込まれた犯罪の手がかりを教えてくれる遺骸を探そうとした。だが、一匹も見つからない。いったいミツバチに何が起きたのだろう?何が起こったにせよ、飛び去る力はあったのに、戻ってこなかったわけだ。


ある日、空になった蜂の巣箱を見つけたベテラン養蜂家の狼狽から、この魅力的な本は始まる。続いて毎日当たり前に我々の食卓に上る農作物の数々が、どれだけ受粉昆虫の関わったものであるかが知らせられる。
犯人は誰なのか。寄生虫(ダニ)、携帯電話の電磁波、進化したウイルス(ハチのエイズ)、残留農薬。容疑者が次々と挙げられ取り調べが行われていくのだが、ミステリー風の進行に、読んでいる側も捜査に立ち会っているかのような気分になって、ページを止められなくなる。

蜂の失踪を検証していくうちに、彼女ら(働き蜂は全てメスなのだ)を取り巻く環境とストレス要因が明らかにされていく。
合理化・機械化が究極まで押し進められたアメリカの「工業的農業」にあっては、ミツバチは花粉を運ぶ唯一の部品であり、人工的なシステムに組み込まれた不可欠な一工程だ。世界的食品メーカーの要請に応えるべく養蜂家は大量の蜂をぎっしり詰め込んだ巣箱を準備し、農場のサイクルに合わせて繁殖を行いながら全米を飛行機や長距離トラックで移動するまでになった。

 私たちは今まで、養蜂システムを当たり前のこととして享受してきた。自然がいつも面倒をみてくれてきたため、植物の生殖方法など知ろうともせず、特別の関心を払おうともしてこなかった。まるで、コウノトリが赤ちゃんを運んでくると信じている子供のように、なんとなくそうなっていることが、ずっとそうあり続けると無邪気に思っていたのだ。作物に花が咲けば、自然に実がなるだろうと。


結局、CCDの真犯人の検挙までには至らず(一件には特定できないのだ)、事態はより深刻さを増すばかりだという。
花粉を運ぶ虫たちと花は、それぞれに独特の機能を進化させながら共生のバランスを保ってきた。互いの交信手段などないのに繊細な関係を築いてきた不思議に、つくづく、無駄につくられた生き物などないのだとあらためて思わされる一方、人間のエゴがその生態系に介入した結果、いくつもの種を絶滅させてきた例が挙げられている。


社会性昆虫であるミツバチの集団的知性は、読むほどに興味深い。しかも蜂の目線で彼女らの交信=身震いダンスを書いた愉快な箇所があって、なんだかミツバチが愛おしくなってしまうのだ…

若い蜂は彼女の姿をしばらく眺める。そして飛び立つ方向を教えてくれるダンスの角度、どれだけ遠くに飛ぶべきかを知らせてくれるダンスの時間に注意を払う。この採餌蜂が宝の山を見つけたことは間違いない。体が水風船のように膨らみ、体中の孔からすばらしいリンゴの香りがにじみ出ているから。「わかった!」。若い蜂は叫んで、採餌蜂のうしろにできた数珠つなぎの列に並び、いっしょにお尻を振り始める。

働き蜂は三週間を巣の中で育児と貯蜜係として過ごしたあと、花粉と花蜜を集める採餌蜂として三週間働いて、生涯を終えるのだという。


自然の食物連鎖とは別の、人間がつくりあげてきた、人間を頂点とするもう一つの食物連鎖。そのシステム(経済)を支えてきた受粉昆虫が減っていく。死んだミツバチの体からは平均で五種類、多い場合には十数種類もの農薬成分が検出されるという。
ミツバチの帰巣本能を異常にする免疫・神経系を犯す要因を除去しなければ、失踪は止められない。
では、どうするのか?話は当然のごとく、環境の劣化と人間の自然に対する態度に及ぶのだ。

結局、人工的なシステムの修復は反自然的な対症療法でしかないのだ。見せかけの安定の次には新たな脅威が迫っているのだ。自ら問題の種をまき、表面化したら一時しのぎの解決策を捻り出し、それがまた新たな問題を生む。しかもそれらをすべてビジネスとして成り立たせようとする強欲は捨てないから、解決はますます遠ざかる。その悪循環でさえ今の資本主義システムは取り込んで肥大化してきた。CO2排出権だとかバイオエネルギーだとかもそういうことなのだろう。


この本は、ただミツバチがいなくなって作物が育たなくなるという進行中の一現象を伝えているだけなのではない(当たり前だが、リンゴやメロンの値段が上がるという点だけで注目すべきではない)。 一生物の話ではあるが科学の話でもあり、効率優先主義の経済の話でもあり、優れた環境問題の提言でもあるのだ。

ある種の減少・絶滅は必ずそれに近い生態系にも異常をもたらしていることに想像力を持たねばならない、と著者は言う。
で、想像を飛躍させてみると…
はたしてこれはミツバチだけに起こった話で済むのだろうか?無害とされるレベルではあっても、薬剤や有毒ガスを複合的に数十年にも渡って浴び続けている人間の神経は大丈夫だと、誰が言える?
ここまで広げて考えてしまうと、やはりうすら寒いものを感じずにはいられない。



原題 “Fruitless Fall” は「実りなき秋」の意。レイチェル・カーソンの名著 『沈黙の春』 “Silent Spring” に倣ったものと思われる。