M・カニンガム/星々の生まれるところ

しばらくノンフィクションが続いたので久しぶりの小説。
他の方々の読書ブログを見ていて目にとまったのが本書。感想書評もおおむね好意的なものが多かったように思うが…


マイケル・カニンガム/星々の生まれるところ(437P)/集英社・2006年(090418-0422)】
SPACIMEN DAYS by Michael Cunningham 2005
訳:南條竹則

       


過去・現在・未来の三つの時代のアメリカを、幻想・犯罪・SF小説とスタイルを変えてホイットマンの詩を散りばめながら描く


一話め『機械の中』 ― 仕事中の事故で兄サイモンを亡くした12才の少年ルークは両親を支えるために兄と同じ工場で働き始める。兄の婚約者だったキャサリンへ想いを寄せるルークには愛読するウォルト・ホイットマンの詩を発作的に口走ってしまう癖がある。オルゴール、父の呼吸機械、工場の旋盤…彼は機械が愛する人々を連れ去ってしまうのだと思うようになる…

貧しい醜い子供がアメリカの偉大な詩人の詩をそらんじることは、美しいことなんだろうか。子供と詩人がブロードウェイでめぐり逢うところは良かったが、アイルランドからの移民であることとか、少年の孤独とか、肝心なことが書かれていない。


二話め『少年十字軍』 ― 9.11後のニューヨーク市警犯罪抑止部で働くキャッツはある日、犯罪をほのめかす子供からの電話を受ける。予告どおりに不動産業界の大物が爆弾を持った子供に抱きつかれて爆死した。続いてその子供の兄弟を名乗る少年が連絡してきて、彼女は事件にのめりこんでいく。

現代に近いこともあって、三編の中で最も想像しやすい話だったけど。
白人男性のベストセラー作家が黒人女性を主人公に小説を書く、というのがアメリカでは一般的なことなのかどうか知らないが、無理して書いてるのがバレバレでしらける。主人公の女とウォール街勤めの男が行くフレンチレストランでのシーンが本書中で最も自然な描写だったことから、作者の目線がどこに属したものなのか判ろうというものだ。
この話でも詩を口ずさむ子供が出てきて、爆破事件を起こす。なんでわざわざフリークスに自決攻撃をさせるのか、わからない。 ※「自爆テロ」は誤訳が定着・一般化してしまった超日本的な恥ずかしい単語


三話め『美しさのような』 ― 機械体のサイモンが爬虫類のような異星人の女を伴ってニューヨークから自分が作られたデンヴァーへと旅立つ。

メルトダウン後に生産されたこの人間もどきはモリッシーみたいな髪型でCBGBのシャツを着ている、ときた(笑)ニュージャージーを走るときにはスプリングスティーンの‘Born To Run’だと(失笑) センス悪すぎ。ホイットマンが泣いてるぜ?
ここに出てくる子供も畸形児でカルトっぽい扱い。メルトダウンについては「イカレた子供たちがでかい爆弾をぶっ放した」というだけ。異星からの移民である女はトカゲのような生物で人間とか人間もどきに奉仕する。…想像力があるんだかないんだか…。
メルトダウンのような事態が起こるとしたら、それはアメリカの罪が招くものなのだろうに「ガキの仕業」。9.11以降のアメリカ人の態度にしては無責任じゃないか? 焼け果て、溶け落ちたとしてもアメリカ人の病気は治らないらしい。



小鬼(ゴブリン)のように醜い子供や爬虫類みたいな異星人を孤独な死に追い込んでおいて、生き残った者がその死をいくら詩的に語ったところで説得力などない。
これはいかにも、ブッシュ・アメリカのやり方なのだ。作者本人は否定するだろうが、第三者から見れば、どうしようもなくブッシュの片棒を担いでいた典型的なヤンキーの世界だ。もっともらしいことを並べて、被害者然とした物言いで自分らを美化・正当化しようとするばかり。決して自省などしない。この態度は本書の三編の主人公たちに共通しているではないか。
死とか再生とかを語っているのは断片的に挿入されたホイットマンの詩であって、弱者を平気で見殺しにして死を軽々しく描いているこの物語とは全くシンクロしていない。


それでも途中で投げ出さないで読了したのは、「商品としては」まあまあだったからだ。そこそこの分量がありながら、これほど共感の欠片もないまま読めるのも珍しいことだった。
映画化されても絶対に見ない。



小説家・星野智幸氏のブログの記事「アメリカをやめる Quitting America」http://hoshinot.exblog.jp/10079174/



ウォルト・ホイットマンの詩など読んだことはないが、その名前はどこかで見た記憶があった。思い出してみると、ギンズバーグのいくつかの詩に出てくるのだった。
詩の一つや二つ暗誦できるようになりたいと思っていた時期があって、ビート詩『吠える』を暗記しようとしたことがあった。(こんなの憶えてどうするつもりだったのだろう)
Howl and Other Poems by Allen Ginsberg 1956

僕は見た 狂気によって破壊された僕の世代の最良の精神たちを 飢え 苛ら立ち 裸で夜明けの黒人街を腹立たしい一服の薬を求めて のろのろと歩いてゆくのを

ある者らは 金もなく ぼろぼろのシャツを着て うつろな眼でタバコをふかし 寝もせずに 湯も出ないアパートの超自然的な暗闇で 都会の上を漂いジャズを瞑想していた  (冒頭部抜粋)