K・レヒアイス/ウルフ・サーガ(上)(下)

『オオカミと生きる』をゲットした古本屋でまたまた見つけてしまった!ブック・オフとかのチェーン店ではないから、もしかしたら同じ人が手放した本かもしれないと思って両方の匂いを確かめてみたら、同じメスオオカミの匂いがする! 地元に女オオカミ族がいたのか!(ここで歓喜の遠吠え数回)
でも、こんな良書を手放したってことは…オオカミ族をやめたのか? ページの間に「私、ふつうの人間になりたい」という思念もうっすらと染みついている。転向したのか? あ、コトブキ退社?(哀切の遠吠え一回)

福音館だから児童書ということになるのかな。故郷を追われて長く険しい旅に出たオオカミたちのファンタジー。こういうのは無条件で好きだから、読み出せば邪念に惑わされるなんてことなく一気読みさ。


【ケーテ・レヒアイス/ウルフ・サーガ(上359P・下389P)/福音館書店・1997年(090507-0511)】
WOLFSAGA by Käthe Recheis
訳:松沢あさか 


あらゆる生き物には平等に生きる権利がある―古くから伝わるワカの掟にしたがって、シリキたち「速足の走り族(=狼)」の小さな群れはささやき風の谷で幸せに暮らしていた。ところが、狼が支配する狼のための新しい世界をつくろうと北国の黒狼ショーガル・カンが強大な勢力を率いて谷にやって来て、シリキたちの群れも否応なく飲み込まれてしまう。
ワカの掟を踏みにじるショーガル・カンに従うのを拒んだシリキと兄弟たちは追放され、南の夏の国めざして旅立つ。雪山を越え、岩山に続く荒れ地を踏破し苦難の果てに辿り着いた砂漠の国に安住の地を見つけたかと思われたが、「強き者を倒す弱き者があらわれる」というワカの言葉に導かれるかのように、変わりはてた故国に帰る決意をする…


     


もし、森や丘が変わらないであるのに、そこに鳥たちのさえずりや昆虫の羽音も、動物たちの呼び交わす鳴き声も聞こえてこなかったら、どんな感じだろう。草木が芽吹き色とりどりの花が咲き乱れる春なのに、生き物の気配がない静まりかえった景色だったら、やはり異様に感じることだろう。
ショーガル・カンがつくった世界とは恐怖と不安に満ちた国だった。草食動物は逃げ去り、鳥たちも歌わなくなってどこかへ飛び去ってしまう。ひっそりとした森に天敵のいなくなった野ねずみだけが爆発的に増えたが、伝染病が蔓延し、狼たちにも奇妙な病気が広まっていく。食い尽くされて少なくなった獲物を争う闘いが頻発する。
自己本位で自然のバランスが狂った世界では結局強い者も生きられないことが、実にわかりやすく描かれている。そんな世界では、狼を狼たらしめる狩猟本能と鋭い感覚さえ退化してしまうのだと。

「わたしたちが彼らの自由を奪ったとき、実はわたしたちは自分の自由をも捨てたのだ」


ささやき風谷のシリキは物静かでひ弱な若狼だ。争いを好まず思慮深いところもある彼は、兄弟のみならず、他の群れやショーガル・カンにも一目置かれる存在になっていく。
他の動物とも友だちになって決して獲物としては扱わない彼だけが清廉無垢なのには少々鼻白む思いも持つが、それは荒んだ大人の読み方というもの。子供心でその優しさ楽しさを受け入れれば良い。
最後にシリキとショーガル・カンが対峙する場面も、そこまでの人物造形を破綻させない意味でも、あれで良かったのだと思う。


旅立った谷狼たちを空から見守りながら同行するのがアオカケスのシャーク。このお喋りで賑やかな鳥が旅の先々で(物語上も文章上でも)良い仕事をする。狼だけでなく、他にもカラスやリス、ピューマなどの仕草や特徴がよくつかんであって、動物どおしの会話も生き生きとして違和感なく目に浮かぶのは、訳も良いからだろう。
ストーリーの大半が旅の道中で折々の風景描写も多いのだが、飽かせず読ませるのは、著者の豊かな観察眼を思わせた。

 星のきらめく下で、彼らは古くから伝わる種族の歌を、いつまでも歌いつづけた。とぎれても、だれかが歌いだす。ほかの者が声を合わせる。そして全員の声がそろう。ショーガル・カンの力はもう彼らには届かない。彼らが今いるのは、生き物すべてがワカの掟どおりに生きる世界だった。ささやき風谷生まれの群れは、喜びに酔い、歌にも酔い、旅の危険はもう終わったのではないかという気さえしていた。


著者ケーテ・レヒアイスは1928年生まれのオーストリア人。少女期をドイツ併合と続くナチスの時代に過ごしたことを考えると、恐怖と不安による支配がたどった自滅を二十世紀の人類の姿に当てはめて読むことも可能だし、現代の環境への人間の態度に重ねて読むこともできる。
急速な繁栄と飽和の行き着く先は見えているのに、さんざん教訓としてきたはずなのに、繰り返してしまうのが人間の歴史ではあるんだけれども。

なによりこういう物語をオオカミによって描いてくれたことが嬉しかった!
この本はどのオオカミ本よりぐっと来る遠吠えシーンが多くて困ったぞ。吠えまくりながら読むわけにはいかんしな。
でも、これでまた一歩オオカミに近づいてしまったかも(笑)