アメリカの黒人演説集

寮美千子さんを読んだあとでこんな本を読むヤツはいまい。


二、三週間前、帰宅後ぼおっとテレビを見ていたら、オバマ大統領の黒人地位向上協会(NAACP)100周年記念演説(2009.7.16)が伝えられていた。ニュースだったかニュース番組中の特集だったのかも覚えていない。字幕付きでスピーチのかなりの部分を見れたから、もしかしたらNHK教育の英語番組だったのかもしれない。

そのときは、やっぱりこの人良いこと言うなぁ、と眠い目でぼんやり見ていたのだが、あとになって内容を詳しく知りたくなった。日本でも話題になった大統領就任演説は、当たり前だが全米向けのスピーチだった。白人や共和党員にも語りかける最大公約数的な内容でなければならなかった(だから日本人にもとっつきやすかったのだ)。このNAACP演説はオバマ氏がアフリカ系アメリカ人の同胞・同志を前にした、いわば凱旋演説でもあり、その立場上、常に神経質にならざるをえない人種の多様性の枷から離れて、のびのびと話しているのがわかるものだった。
ネットでかなり探したのだが…あった! それも米政府のHP、その名も「THE WHITE HOUSE」!サイト内に声明・演説のテキストがアーカイブされていて、(オレなんかが見てもいいのかな…?)おそるおそる開いてみたのだった…


といっても英語はわからないので(得意の)カンと誇大妄想力で大筋をさらっとつかんだだけなんだけど(笑)

いまだに残る差別の実態と黒人が置かれている社会状況を語った上で、大統領就任演説でも国民に求めた個人的な努力の必要性を、ここでも彼は黒人向けに話しているのだった。
「貧しい黒人の住む地域はギャングやマフィアの存在が身近である場合が多い。だからといって、麻薬や犯罪に手を染めるのを環境のせいにすべきではない」 「我々も黒人の教育機会の一層の充実を図る。子供たちはバスケットのスター選手(レブロン・ジェームスの名が挙げられている)やラッパーばかりを目指すのではなく、技術者、科学者、裁判官、それに大統領をも目指す高い志を持って欲しい」(←ここではラップ風の言い回しを使っている) 「そのために、ゲーム機はしまって本を読むべき」 … (以上、超意訳)というようなことを後半に話す。


X-BOXを片づけて本を読め、というのは彼の他の演説にも出てくる。これは政治的なメッセージではないし、日本だと個人生活への干渉だと批判が出そうだ。
だけど、そんなことではないのだ。政治の前に、アメリカ人が、アメリカの黒人がどうあるべきか、その指針をリーダーとしてはっきり示す。次の世代につなげるための健全で責任あるメッセージを発信する。広大で多民族・多宗教の国では、政治はまず言葉からなのだ、とあらためて思わされる。ゆえにかの国の歴史は名演説の歴史でもあるのだ。
議会でのものではない大統領の演説が、文書化されて閲覧できるように保存されている。これは言葉の持つ重み(歴史に残されるものであり、発する者の責任でもある)を大切にする文化の一つの象徴なのだろう。歴史的・文化的な遺産にもなっていくのだ。


では、日本は…? 政治はまず選挙ということで。これまで総理大臣の言葉をネットで探しまくったことなんてない。アニメの殿堂て何? 「美しい日本」とか言いながら、何か記憶に残る言葉の一つもあの人は残したっけ?本なんか普段はさっぱり読まないくせに村上○○の本だけは何百万人が読むらしい、変な国の選挙が近い。
今思いついたんだが、立候補者全員に好きな作家と作品を公表させれば良い。政策云々より、よっぽど誰がまともか判断する良いバロメーターになるだろう。


ふぅ。前置きが長くなりすぎたな…
岩波文庫の新刊『イエーツ詩集』を買いに行ったときに、同じコーナーで目に止まったのがこの本。


アメリカの黒人演説集−キング・マルコムX・モリスン他−(407P)/岩波文庫・2008年(090802- )】
編訳:荒このみ

          


奴隷解放から公民権闘争、その後の激動を経て、今世紀のオバマまで。19世紀から現代までの米黒人指導者21人の演説を集めた。


とても全編読む気になれないけど、キング牧師とマルコム、それと2005年のオバマ上院議員の演説を並べて見れる資料的な本として持っていたくて買った。


マーティン・ルーサー・キングの‘I Have A Dream'は最初期のiTunesMac版ver.1とか2)にはデフォルトで入っていて、さすがMacと思ったものだ(Windows版はどうだか知らない)。
1963年のワシントン大行進での、このあまりに有名な演説のフル・ヴァージョン(15分ぐらい)を久しぶりに聴きながら、本書の文字を追ってみた。

I Have A Dream'の部分だけが美しいハイライトとして抜粋されることが多いが(夢があるというシンプルな言葉ゆえに日本ではカン違いした引用も多い)、この演説には他にもフレーズの連呼によって徐々に聴衆をゴスペル的な高揚感に引き込んでいくところが四箇所ある。
「100Years later〜(奴隷解放令から100年経った今でも…)」、「Now is the time(今こそが)」、「I can't be satisfied(決して満足できない)」、そして最後に毅然として言い放つ「Let freedom ring(自由を響かせよう)」と「Free at last(ついに自由が)」。
やはり、言葉はリズムと抑揚を伴うと文字だけの言葉の何倍もの力を湛えた武器にもなるんだなぁ、と実感。リズムと抑揚とは演説者の個性そのものでもあって、意味を超えて滲み出す人間性だ。

ディラン・マニアなら、この演説の中に‘時代は変わる’と‘自由の鐘’を聴くことができるのも楽しい。どちらがインスパイアされたのかなんて、どうでもいい。キング牧師の遺した言葉の中にボブ・ディランがいる。アメリカの良心的な遺伝子たちが息づく言葉を、今またオバマ氏が伝承している。


非暴力・人道主義的なキングに対して、同時代のもう一人のカリスマ・マルコムXの言葉は強烈だ。イスラム教徒の彼がメソディスト教会で行った1964年の『投票権か銃弾か』スピーチ。「We Shall Overcomeなんて歌わない。往復切符なんて使わない。片道切符で行く」と直接的な、まさに言葉の弾丸を撃ちまくる感じ。これも聴いてみたい!


良くも悪くも、アメリカはスピーチの国だ。どれだけ喋れるかで勝者は決まるという部分も強そうだけど。
良い言葉に触れていたい、記号を超えて響く言葉の力を信じたい。柄にもなくそんなことを思っていたら、研究社からCD付きのこんな美味しそうな本が出たばかりなのを知った。
研究社『名演説で学ぶアメリカの文化と社会』 http://webshop.kenkyusha.co.jp/book/978-4-327-45224-7.html