マン・オン・ワイヤー


本当は昨日観る予定だったのだが、未明の地震で東名は通行止め、JRも復旧作業をしながら徐行運転ということであきらめて今日にした。
※現在この地震での死者は一名。静岡市の43才の女性会社員が自宅マンションの部屋に積み上げてあった数千冊の本の下敷きになって亡くなったとのこと……

今日も高速は使えないので新幹線で静岡へ。列車での静岡入りはかなり久しぶりだったのだが、駅北口に出ると、まるちゃんがいっぱいいた!
          
   
          


【マン・オン・ワイヤー】
MAN ON WIRE/2008年/イギリス

オフィシャル・サイト→ http://www.espace-sarou.co.jp/manonwire/



原作が良かったおかげで内容はばっちり分かっているので、実写版の上映開始をワクワクして待つ。予告編が数本流れて始まった初っ端、UK FILMとかBBCのロゴが映し出されて、あれ?と思った。当然アメリカかフランスの作品だと思っていたんだけど、意外にもイギリス映画なのだった。なーんだ、そういうことか。また奴らか。奴らの仕業なのか。BBCのドキュメンタリー・チームが絡んでるのなら、悪い作品のわけがないのだ。

「読んでから見るか、見てから読むか」というのは何のコピーだったか忘れたけれど、本は良かったけど映像の方はどうなの?とちょっと心配だったのだ。もちろんアカデミー賞受賞作なので良いのだろうけど、読書で自分が思い入れ強く持ってしまったイメージとはまるっきり違っていたら、それはそれで悲しいだろうと思っていたのだ。


でも、始まって数分でそんなことは杞憂だとわかった。あの原作本とこの映画作品は作り方が別だからだ。
本の方は時系列に沿ったフィリップ・プティの一人称独白の記述だったが、映画では協力者・関係者たちの証言もバランス良く効果的に編集されている(もちろんメインはプティの回想だが)。
決行前日、WTCに潜入するスリリングな場面が導入部に配置され、それから終盤の決行と逮捕劇までの間に準備期間や過去の綱渡りのトピックがはさまれる形でプティの芸と人柄がよくわかるようになっている。現在のインタビューによる回想とイメージ・ドラマ、過去の仲間が撮った16mmフィルムや新聞やメモ等の資料が自然につながれていて、見ていて違和感はまったく感じなかった。

          
          
              パンフも良い!


本にも書かれていたとおり、肝心のWTCの綱渡りの映像はない。カメラ係のジャン=ルイはタワー間に綱を張る作業にぎりぎりまで取り組み、プティが渡り始めてすぐに警官がやって来たためにカメラを取り出す時間すらなかったのだ。それでも見つめる仲間たちの興奮した口ぶりに重ねて貴重な写真が次々と映し出されると、目はスクリーンに釘付けになる。
実際の綱渡りの映像は、練習風景とオーストラリアのハーバー・ブリッジ上でのものが映るだけだが、これを見るだけでもこの作品の価値はあると思わされる。
綱を渡るときに彼は足先など見ていない。顔を上げてずっと先を見ているようでもあるし、目を瞑っていることもあるのだという。恋人のアニーを背負ったまま綱を渡ったり、竿を軸にして回転してみせたりする。美しく宙に浮かぶ、そこにこそ綱渡り師のセンスとプライドがあるのだった。
これも映像はなく写真だけの紹介だったが、ノートルダム寺院の尖塔間での綱渡りの写真も感動的だった。中世風な街並をバックに黒づくめの男が浮かんでいて、その光景そのものが絵画のようで鳥肌が立った。彼の背中に翼がないのが逆に不思議に思えてならなかった。


プティは自分の夢と計画に絶対の自信を持つ野心家だった。しかし古くからの友人でもあるフランス人の三人は現実的で心底彼の身を案じていた。天才肌で芸術家気質の若者と、そうではない一社会人である者たちの微妙な温度差をも、この映画は(けしてそこに焦点が集中しないように気をつけながら)ほのかにあぶり出してもいる。考えてみれば友人というだけで芸術的な接点はない三人が最後までプティをサポートしたのも不思議なことなのだ。
一躍有名人になったプティは饒舌な英語で喋っているのに、仲間の三人はフランス語でインタビューに答えている。これ一つとっても四人(一人と三人)のその後がかけ離れたものになっていったことを想像するに難くないし、「突撃」後三十年以上経っても埋まらない溝の深さを思わせて悲しい。
何かにつけて自分に異議を申し立てるために必ず議論になる口やかましい男とプティが書いていたジャン=ルイが、実はプティを失うことを最も畏れていて、それ故に慎重に慎重を期した計画でなければ絶対に認めなかったのだということを、おそらく今でもプティは気づいていない。

「出世を拒み、繰り返しを憎む。エッジを渡るのでなければ人生に意味は無い」と言い放つ一本気で直情型な若き綱渡り師を支えた(支えずにいられなかった)仲間たち。彼らの存在に光を当てたことで、この作品は原作にはないドキュメントに不可欠な多様性と客観性を備えることができたのだと思う。

個人的には「読んでから観て」大正解だった!
9月には地元の単館系劇場でも上映されるらしいので、また観に行くつもり。あと、恒例の静岡大道芸ワールドカップも今年は殊更に楽しく見れそうだ!