小川一水/ 煙突の上にハイヒール

小川一水/ 煙突の上にハイヒール (259P)/光文社・2009年(090919-0920)】


内容(「BOOK」データベースより)
魅力的な明日は、日常のナナメ上に、きっと浮かんでいるはず。
背負って使用する、個人用ヘリコプター。ネコの首輪につけられるような、超軽量の車載カメラ。介護用のロボットも、ホームヘルパー用のロボットも、少し先の時代には当たり前になっているのかも。あなたなら、楽しい使い方を思いつけますか?テクノロジーと人間の調和を、優しくも理知的に紡ぎ上げた、注目の俊英による最新傑作集。


        


いずれも小説宝石に初出の「煙突の上にハイヒール」「カムキャット・アドベンチャー」「イヴのオープン・カフェ」「おれたちのピュグマリオン」「白鳥熱の朝に」の五篇を収めた短篇集。
始めの四話は近未来の新しい発明品が人間にどう受け入れられていくか、市販された機械を人がどう迎え入れるかを、ちょっぴり切なさもまじえて楽しく読ませる。博士や発明家ではなく、警察や犯罪者ではなく、一般市民が日常生活の中にそれらをなじませていく経過を追う目線が良かった。


特に、共に男に欺かれて傷ついた女性が主人公の「煙突の上にハイヒール」と「イヴのオープン・カフェ」はそれぞれ背負い型の携帯ヘリコプターと人間型ロボットをモチーフとしながらも、けして機械がメインではなく、機械にめぐりあって変わっていく主人公の心理の移ろいを上手く書いてあって引き込まれた。生活を一変させるような革命的な新製品の仰々しさはなく、失恋した女の子の背中をマシンがちょっとだけ押す。なんだかSFクラシックな趣きさえある小品二篇だった。
付き合っていた男が結婚詐欺師だとわかったOLがたまたま目にした雑誌記事のヘリを衝動買いするのだが、「ありえる」と思わされる。オレは男だけど、男でも(笑)。二股をかけられていた女が雪降る夜に、任務を解かれてメモリーを初期化されるロボットに出会う。そいつはロボットのくせにもう少しだけ記憶を思いとどめていたいなどと言う。この設定が上手いから、ヘリやロボットのメカとか動き具合いとか、ハード部分にこだわらずに読める。いつのまにか、ロボットだって雪の夜には凍えるんだよ、と同情してしまうのだ。

僕自身が、つまり今話しているこのバージョンの僕が、改良の恩恵を受けることはないのです― だから僕は、歩くことを選んだのです


対して「カムキャット〜」と「ピュグマリオン」はオタクっぽい男たちが繰り広げるコミカルな展開。
ここに出てくる二足歩行機械=人型ロボットは無機質な工業用ではなく、もともとは介護補助を目的に開発されて改良進化したものだというところに、著者の目線の優しさが垣間見える気がした。いくらでもエロ方向に妄想が膨らんで面白おかしくできるのに、自制する筆致に著者の照れもあるような…。ロボットは無線LANによってアップデートされ、ユーザー・コミュニティから機能をカスタマイズできるというあたりは、iPhoneを思わせる。
万能ではなく、無反応のままフリーズしてしまう前に「できない」「わからない」と答えてコマンドを放棄してしまうロボットは確かに愛嬌があって良さそう。だけど、人間と共存するためにはロボットは人間的である必要があるのか、考えさせられた。「白物家電のようでいい」という主人公の上司の言葉も説得力がある。アンドロイドの悲劇はまた色々な想像を喚起する。

 だんだんわかってきた。ミナは優秀なロボットなのではない。むしろ逆だ。能力に限界があるのを逆手にとって、人間の心情を掻き立てるように作られた機械なのだ。


最後の「白鳥熱の朝」だけは本作品集の中で異色。現在の新型インフルエンザの流行を先取りしたような作品なのだが、発表されたのは昨年。鳥インフルエンザが人感染に変異して日本だけでも数百万人が死ぬ。しかしその恐怖ではなく、残された膨大な数の孤児の扱いに視線が向けられるのが、この本に共通する著者の視点の新しさだ。
前半はパンデミックを生き延びた一人の男と彼の養子になった少女の擬似親子の不自然な生活が淡々と書かれる。が、二人が肉親を失った悲しみとは別の、触れられたくない過去をそれぞれに持っていることが判明する後半の現実的なドラマ展開は「いじめ」や「社会的制裁」にまで想像が及んでうすら寒さを覚えた。
ここでも新型ウイルスはあくまで設定であって、絶望を乗り越えようとする人間の姿に焦点は絞られていく。
急速に耐性を高めて突然変異するウイルスは現実的でよりリアルなものになりつつあるだけに、怖い。ウイルスの蔓延はまた確実に孤独を蔓延させてささくれだった社会にしてしまうのが怖い。上田早夕里さんの『魚舟・獣舟』の戦慄を思い出させられた。


ソフトカバーの手に持ったときの感触が作品にぴったりで、光文社ナイス!な本☆
小川一水さん、ファンになった!さっそく『レーズフェント興亡記』も読んでるんだけど、二段組で400ページ…!