葉室麟 / 銀漢の賦

葉室麟 / 銀漢の賦 (245P) / 文藝春秋・2007年(091006-1008)】


内容(文藝春秋HPより)
高水準の候補作が揃った第14回松本清張賞において、選考委員全員の高い支持を集め受賞が決定した本格時代小説。月ヶ瀬藩の郡方・日下部源五と、名家老と謳われる松浦将監。幼なじみでありながら進む道が分かれ、絶縁状態にあった二人を、藩政をめぐる暗闘が二十年ぶりに結びつけた。狙う者と狙われる者として ―。父の仇、女への淡い思慕、秘剣、一揆など胸躍る多彩な要素を展開させながら、男の友情を爽やかに描ききった快作です。人間味あふれる脇役たちも魅力的。


          


それぞれ別の道を歩んでいた幼なじみの三人の運命が絡み合う、という映画でいえば『ミスティック・リバー』的な構成。
この三人が出会う少年時代の瑞々しさがこの作品の雰囲気を決定づけていて、老年になって政争から死を賭した脱藩に至る最後までその瑞々しさが失われることがなく、時代小説ながら青春小説のような爽やかさを湛えていた。
けしてお涙頂戴の展開ではないのだが、それぞれが自分の生き方を顧みては葛藤しながら運命を受け入れていく姿に、これは泣くかもと思いながら読んだのだった。(泣かなかったけど)


風の王国』『いのちなりけり』ほど大掛かりな状況設定ではないので、登場人物もその二作より少なくて読みやすい。主人公の源五は、武士としては血気盛んとはいえず出世欲もさほどなく成り行きまかせに生きてきた人物で、葉室麟さんの描く「武士らしくない武士」像に共通なおおらかな性格の持ち主である。
一方、藩内の派閥争いによって両親を失った将監は、仇討ちの思いを秘めたまま、ひたすら立身出世に生きてきた。絵画や七弦琴もたしなむ文人でもある。この対照的な二人の対比が面白い。
立場も大きく違い、ある事件によって長らく絶縁状態だった二人が互いをかけがえのない存在として再び認めあうのは、人生の残された時間も少なくなってからのことだった。

「銀漢」とは漢詩では天の川のことだが、作中では老いた男の意でも引用される。


二人の生き方の違いがいよいよ鮮明になり疎遠になっていったのは、もう一人の仲間・十蔵の死がきっかけだった。一揆の惣代として若くして死ぬことになった彼の存在が効いていて、貧しい百姓でありながらおのれを貫いた十蔵の生き方が源五と将監の気持ちをつなぎ留める。
残された十蔵の妻子の面倒を源五が見ていて、脱藩の峠越えの場面でその娘が一働きするというあたりも良い。出世のことしか頭にない藩士である源五の娘婿をはじめ、脇役たちのキャラクターもはっきりしていて上手い。
読み終えてみれば剣豪との決闘場面やエンターテイメントの要素もしっかり盛り込まれた王道的な展開でもあったと気づく。だけど、ただ痛快なのではなく、正義のために戦ったのだとか美しい友情とかいうのでもない。
老いるということは、もはや簡単に自分を変えることはできないけれども、相手を受け入れる懐も深くなるものらしい。旧友を昔のままの目線で見るばかりではなく、現在の事情にとらわれない裸の自分を見せることで互いに生かしあう道を源五と将監が見つけたことに、深く安堵した。

秋の夜長に読むのにぴったりで、しみじみと、良かった。