L.ティルマン / ブックストア

【リン・ティルマン / ブックストア ニューヨークで最も愛された書店 (314P) / 晶文社 ・2003年(091028-1031)】
BOOKSTORE by Lynne Tilman 1999
訳:宮家あゆみ



内容(「BOOK」データベースより)
 ニューヨークはアッパーイーストサイドにとびきり個性的な書店があった。その店はブックス・アンド・カンパニー、「本と仲間」という名前。「ザ・ウォール」と呼ばれる大きな書棚に、シェイクスピアから現代作家まで古今の名作文学を可能な限り網羅。作家による自作の朗読会を定期的に開催。地元住民はもとより多くの文化人たちからサロンのように親しまれた書店だった。本書は、78年から97年まで約20年間活動を続けたブックス・アンド・カンパニーの軌跡を、店主であるジャネット・ワトソンと、そこで働いていた店員、顧客である作家たちの証言をもとにして振り返るノンフィクション。常連客だったポール・オースタースーザン・ソンタグら本を愛してやまない人々の証言が胸をうつ、すべての読書人に捧ぐ物語。


          


一人の女性が夢だった文学とアートの既刊本を中心にした書店を立ち上げた。創業者ジャネット・ワトソンの一人称での語りとスタッフや縁の作家たちの挿話で「ブックス・アンド・カンパニー」がいかに稀有な書店だったかが語られていくのだが… なんだか自画自賛色が強い。
ダスティン・ホフマンが飛び入りで詩の朗読をした。カポーティポール・オースターウディ・アレンらが常連客(あのマイケル・カニンガムとかも)。ジャクリーン・オナシスもマドンナも来店したし、マイケル・ジャクソンが子供向けの本を数千ドル分買っていったこともあるとか。だけど、ワトソン女史が目指したのはそういうことだったのだろうか?


アメリカの出版・書店業界がどんなものなのかわからないけど、九十年代以降大手チェーン店が進出して個人商店が廃業に追い込まれるというのは日本でも(書店に限らず)起きている事なので、だいたい想像がつく。ましてや様々な人種で構成される広大な国だから薄味の均一化か過激化かの分化傾向は強いのだろう。
全米に1,000店舗を展開するスーパー・ストアの書店部門はわずか35人のマネージャーによって全店で売られる本が決められていて、ディスカウント販売もする。本屋が本以外のものも扱うようになり書店のエンタテイメント化も進んでいるという。
それが文化的にどういう事態であるのか、危機感を募らせる作家たちの言葉は重い。読書の意味、書店の役割、街に果たす書店の機能など、書籍文化の意義を問う彼らの語り口はさすがと思わせるものが多く、自分にとってこの本の読み所はそこにあった。
読みたい本が店頭に置かれていないというのは自分もよく経験することであり、文芸書の扱いが縮小傾向にあるのを常々感じている。その点ではBOOKS&CO.の営業形態に共感を覚えはした。

私は自分が手に入れたいとわかっている本だけを買いたい人間ではない。自分の知らない本や作家を発見したいのだ。すばらしい書店ではそれができる。(スーザン・ソンタグ)


スタッフの証言にリアリティがある一方、この本のメインキャストであるはずのジャネットの言葉に重みがなく、経営者としての存在感も薄い。そもそも書店勤務経験もない彼女がいきなりニューヨークの一等地に独立系書店を開業するという始まりからして、なんだかおとぎ話みたいなのだ。
で、調べてみたら(本書では最後まで明確には書かれていないのだが)彼女ジャネット・ワトソンという人はIBM創業者一族の娘さんなのだった… だからといって批判するつもりもないけれど、書店一代記みたいなのを期待していた者からすれば、父親がIBM社CEOトーマス・ワトソンJr.なら無理して商売することもないんじゃないの?と途中から醒めた目線で読んだのは事実。


BOOKS&CO.は隣接するホイットニー美術館が所有する建物で営業していたのだが、その高額な賃借料の支払いが困難になって閉店することになる。後半は存続をめぐるホイットニーとの交渉の経過にページが割かれるのだが、ノンフィクションなのに公平な取材になっていないので偏った印象を否めない。
文化施設としての正当性を訴えてホイットニー側へ譲歩を求めはするものの、ワトソンがどんな経営努力をし、生産的な交渉をしたのかはとうとう伝わってこなかった。規模を縮小するとか移転するなど他の選択肢を検討することもなく、彼女はあっさり幕を降ろしてしまう。

それでも、日本の本屋に比べるとなんてスケールの大きな話なのだろうと思わずにいられない。大型書店に駆逐された被害者みたいな書き方をしているけど、もっと小規模な書店もたくさんあるはずで、店を畳むことが文字通り死活問題に直結するケースもあるだろう。二十年しか続かなかった店を伝説として祭り上げて一遍の壮大なストーリーにしてしまうあたり、良くも悪くもアメリカンなのだった。でも、やっぱり大味なんだよ。
所詮世間知らずだからこその理想主義的道楽商売が一敗地に塗れただけのお話にしか思えなくて、ついつい皮肉っぽい読み方をしてしまう自分にも嫌気がさして本を閉じた。



「本の本」をもう少し読むつもりだったんだけど、読みたい本がたまってきたので中断。本当は 『書棚と平台』 まで行く予定だったんだけど、他のが読めなくなってしまうので。
十一月の読書予定ラインアップはできてて十二月分まであるかも。年内はもう本を買う必要ないかもしれない…なので、しばらく本屋に行くのは控えるつもり。