小川一水 / 妙なる技の乙女たち

小川一水 / 妙なる技の乙女たち (300P) / ポプラ社・2008年(100321-0324)】


・内容紹介
時は2050年、東南アジアの海上都市、リンガ。宇宙産業の拠点となったリンガには、額に汗して働くさまざまな女性たちがいた。宇宙服デザインに挑む駆け出しデザイナー、港の小舟タクシーの「艇長」、機械の腕をもつ彫刻家、巨大企業の末端で不満を抱えるOL…。自らの「技」を武器に、熱く働く女たちを描くお仕事オムニバスストーリー。


          


近未来の新型家電品をめぐる小品を集めた昨年の『煙突の上にハイヒール』も良かった小川一水さんの、これもちょっと着想が面白いSF短篇集全七話。SF作家として構想を練る間にひらめいた小さなアイデアを形にしたような、本格SFとは距離を置いた作風も『煙突の上に〜』に近いが、気楽に読めて面白いのも同じだった。
赤道直下、静止衛星に直結する軌道エレベーターが建設されて宇宙産業が栄える東南アジアの街に生きる女性たちを描く。主人公たちはデザイナーだったり、保育士だったり水上タクシーの運転手だったり、近未来の新興都市が舞台だけど、彼女らが直面する仕事上の困難は現代とまったく同じで、共感するところも多かった。



二十一世紀半ば、人類は宇宙に進出している。なのに、ここに描かれているのは宇宙空間ではなく、現代と地続きの地球。静止軌道衛星がどんな施設でそこで人間は何をしているのか、ふつうSF小説ならばそういうことを書くはずなのに、この作品集の主人公はその時代に働く七人の若い女性たち。しかも彼女たちは宇宙に直接関わる何か特殊な任務に従事しているわけではなく、まったく普通の仕事をしている人たちだ。
当然著者は執筆にあたってタクシー乗務や保育士やキャビンアテンダントの業務を取材・調査したのだろう。SF作家が科学技術や宇宙理論に頭をめぐらせないでこんなことで良いのかと思うほど、それぞれの職場のありきたりな光景が簡潔ながらしっかりと書かれていて、作品世界に易々と入っていける。
高圧的な上司、嫌な客、同僚たちとのたわいのない会話… 見慣れた日常が描かれているだけなのだが、では、ここにロマンなどないのかといえば、それが、ちゃんとあるのである。
業務に追われる毎日でルーティンワークに埋没してしまいそうな自己を、彼女らは何とかつなぎ止めている。ある者は上司に抜擢されてキャリアアップのチャンスを掴み、ある者は信念を貫いて自分の生き方を曲げようとしない。そして、そんな彼女らなりの小さな戦いは、どこかしらで宇宙につながっている…

「もともと宇宙開発って軍拡競争から生まれたものでしょう。そこに後から、科学観測とか、資源採取とかの理由が加わった。観光や療養ってのもありますね。それら単体ではわからないでもありません。でも、それだけの理由があってもやっぱり、私には宇宙開発がしっかりしたムーブメントであるようには見えないんです。地に足が着いてない。これはバブルじゃないんですか?いずれはじけてしまうのでは?」


宇宙時代の想像で出てくるのは、だいたいが男性的な視点のものばかりだったことに気づかされる。たとえば宇宙食や宇宙服。地球外での食事に家庭の味とか郷土料理なんてものは一顧だにされないのは当然のことなのか。ひとたび装着してしまえば男性も女性も区別がなくなる宇宙服のあの変てこなデザインは、はたして本当に機能的といえるのか。(宇宙人だってビックリして近寄ってはこないだろう)
月面着陸を目指した時代の初期形態がそのままスタンダードとして定着したかのような、変わり映えしない宇宙服姿を見るにつけ、米ソの宇宙進出競争の最前線では常に男性的判断しか働いていなかったのではないかと思えてくる。
数十億分の数人が宇宙に行くのなら、それでも良い。無重力なんだから宇宙服の重さが何十キロあってもかまわないのかもしれない。宇宙飛行士は特殊な施設でそれを着て訓練を受けたうえでロケットに乗り込む。だけど、それでは大半の人間にとって宇宙は遠いままだ。



人類にとって本当に宇宙が身近なものになるには、女性の生活感も宇宙での生活に反映されなければいけない。人間を人間たらしめるのが衣食住へのこだわり(=文化的な生活を志向する)であるならば、宇宙に行ったときにこそ、より強くそうあるべきだ。
読んでいると、なんだか現実に進行している男性主導の(軍事とビジネス利権が推進力の)宇宙開発計画にアンチを唱えているかに思えてくる。それと、最終戦争で地球が壊滅してリセットした人類が宇宙進出するという、よくあるSF的設定へのカウンターのようにも。
もちろん、そんなことは本文には一行も書かれていないし、そんな想像さえ男性的なのかもしれない。現代的なライフスタイルを宇宙につなげてみせる小川一水さんの軽妙な仕掛けにはまると、つい想像も軽やかになる。

『煙突の上にハイヒール』でも思ったけど、小川一水さんは女性を書くのが上手い(女性が読んだらどう感じるかはわからないけれど)。作品的には小川さんの‘アナザーサイド’の一冊なのかもしれないけど、現実と未来の接点をあくまで人間的な暖かい目線で描いた本作は、SF小説ではめったに味わうことのない爽やかさを感じさせてくれる。