杉山茂樹 / バルサ対マンU

『マイルスvsコルトレーン』に続いてはサッカー本『バルサマンU』。
チャンピオンズ・リーグ(以下、CL)決勝。あの格別な高級感はちょっとワールドカップ以上のものがあってそそられるけれど、リバプールが出ないのなら関係ない。
未観戦の試合をどれだけ文章で読ませてくれるかと期待していたのだが…


杉山茂樹 / チャンピオンズリーグ決勝 バルサマンU 「世界最高の一戦」を読み解く (283P) / 光文社新書・2010年(100420-0423)】


・内容紹介
 ‘08~’09シーズンのチャンピオンズリーグ決勝。ローマ・オリンピコで「世界最高の一戦」の一部始終を目撃した著者は、現代サッカーのすべてを象徴するその一試合から何を読み取ったか?


          


杉山茂樹氏はたしか90年代初め、Number誌によくスペインサッカーの記事を書いていた人だ。海外サッカーブームの中心がイタリア・セリエAだった頃、ホームとアウェイで極端に違う戦い方をするセリエに対して、常に攻撃的で自由奔放なスペイン・リーガの魅力を伝えてくれたのは彼だったと記憶している。「バルサの懲りない面々」と題したバルセロナの選手たちの陽気な練習風景を取材した記事は今でも憶えている。
リーガ・エスパニョーラは当時NHK-BSでも放送されていたので自分もよく見ていたが、その中心にあったのが、ヨハン・クライフ率いるFCバルセロナだった。ロマーリオストイチコフグアルディオラ(現バルサ監督)らを擁した‘ドリームチーム’は「勝つときは汚く、負けるときは美しく」をモットーにスペクタクルな攻撃サッカーを展開、イタリアの非情なまでの現実主義とは正反対の見ていて退屈しない、楽しいサッカーだった。同じラテンの国でありながらこうも違うものかとサッカーに表れる国民性、民族性を強く意識するようになったのもこのときからだ。



その杉山氏による昨年のCL決勝観戦記。帯にそれめいたことが書いてあるので、試合をまるごと誌上に再現したものなのかと思ったら、全然違った。
数々の名勝負を生んできたCLの歴史をひもときつつ、この試合のバルセロナの戦法を解説していくのだが、およそジャーナリストらしくない「決めつけ」と「こじつけ」でバルサ(というかバルサ好きな自分)賛美の文章がだらだらと続いて読むにたえなかった。
過去の好ゲームの要因や戦術論にはそれなりに説得力はあるものの、これまでにサッカー誌のコラム等で目にした内容を切り貼りした再利用が多いのも新鮮味に欠ける。
書いてあるのは観戦者の自意識ばかりで、サッカーそのものではない。



リバプールファンの自分からすればユナイテッドが負けて「ザマみろ」な試合なのに読んでいて不快なのは、CLリーグ至上主義、バルサ至上主義の偏向が強すぎるからだ。
そもそも中立公平な視点に立っていないのは、対戦する両チームを必ず強者と弱者、良いサッカーと悪いサッカーのいずれかに分類したがる態度から明らかで、ピッチ上で進行していることよりも予断とブックメーカーの懸け率に軸足は置かれている。一個人観戦者がどんな見方、楽しみ方をしても自由だが、曲がりなりにも「サッカー評論家」の肩書きで本を出すのなら最低限の公平さは示すべきだ。メッシとC.ロナウドの対決は善と悪のストーリーではないはずだ。対戦する両者へのリスペクトがなければサッカーへの愛なんて伝えられまい。
真摯に書かれた『マイルスvsコルトレーン』を読んだあとだけに、なおさら本書の対象とする真剣勝負への迫り方には不満を覚えた。

カンプノウの上段の席から俯瞰すればグランドに描かれるデザインの善し悪しが解ると説く。しかし、サポーターたる者、少しでもピッチの近くで見たいと思うのが心情であるから、この人の目線は文字どおりの「上から」であって、サポーターの心理からはずっと遠いところにある。だから文章にライブ感はゼロ。選手は点(駒)としかとらえられず、その表情や息づかいはまったく伝わってこない。
バルササポーターは勝負に執着しない、FKやCKからの得点を「はしたないゴール」として受け入れない、などとも書いてある。本当にそうだろうか?クーマンの豪快にして痛快な一撃もロナウジーニョのマジカルなショットも、バルサのスペクタクルの一部だったのではないか? 著者はこの文章をスペイン人に読ませるだけの覚悟はあるだろうか。



最後にはお約束どおりにこの日のバルサと現・日本代表を比較して岡田監督批判へと結びつける。バルサの3トップのフォーメーションは日本代表にも有効だと力説する。
世界最高峰の一戦をこの程度にしか表現できないのなら、この人だって「下から四番目」レベルじゃん、と失望を感じたのは自分だけだろうか。安易な代表批判は逆説的に当事国者でもある自分に跳ね返ってくる。その自覚のないしたり顔の代表・協会批判は毎度のことながらうんざりだ。

杉山茂樹ってこんなライターだったっけ?サッカー誌の1ページもののコラムなんかは面白く読ませるのに、書き下ろしになると全然だめだ。
これまで知らなかったのだが、彼は静岡出身。2006ドイツW杯予選時の中田より小野伸二を軸にと主張した文章は良かった。ならば遠い海外のチームではなく地元のチームを……