もうひとつのワールドカップ

サッカーマガジン今週号(8/10号)。大好きなライター・藤島大さんが連載コラム「無限大のボール」で紹介している映画『アイ・コンタクト』が気になって、ネットで情報を拾った。‘もうひとつのなでしこジャパン’ デフ(ろう者)サッカーの女子・日本代表のドキュメンタリー映画が、東京の、たった一館で公開される。



(ちなみに、予告編の中で‘なでしこ’をふっとばしているのは‘女王陛下のイレブン’らしい)

これは絶対に観たい。藤島さんが推すのだから、良いに決まってる。だけど… たぶんまた静岡では上映されないのではないか。
(静岡シネ・ギャラリー様、浜松シネマイーラ様、お願いします!)
三年前のことを思い出す。



やはり藤島さんの記事だった。中日新聞毎週火曜夕刊に連載中の名コラム「スポーツが呼んでいる」(2007年7月10日付)で取り上げられた映画『プライドinブルー』。県内の映画館にかかるのをひたすら待ったのだが、とうとう静岡には来なかった。
一年半ほど前、深夜にNHK-BSで放映されてやっと観ることができたのだった。


2006年夏、FIFAワールドカップの余韻が残るドイツで行われた知的障がい者による「もうひとつのワールドカップ」INAS-FIDサッカー世界選手権大会。この大会に出場した日本代表の選手たちと大会の様子を追ったドキュメンタリー映画が『プライドinブルー』。監督は日本代表の公式記録映像を撮ってきた中村和彦氏。『アイ・コンタクト』は彼の最新作だ。


多動性障がいや自閉症といった比較的軽度の障がいを負った選手たちは、軽いがゆえに(施設や病院で過ごすのではなく)自立して社会生活を営もうとする。そして必ず自分が「ちょっと違う」のを思い知らされる。無視、偏見、仲間はずれ。「ありました……いじめとか…」 口を閉ざす、少し他人事のような口調に苦節がほの隠れする。しかしカメラは選手の生い立ちや個性を深くは追わない。
「障がいの程度に関係なく、ボールがゴールに吸い込まれる、審判の笛がピピーと鳴る瞬間の喜びは同じなんです」関係者の言葉に共感する。
開幕戦の対ドイツ、胸に手を添え「君が代」を歌う晴れがましく誇らしげな代表イレブンの顔々に涙腺がゆるむ。
その直後、キックオフの笛が吹かれてからは、ただひたすらにサッカーの話なのだった。ボールを追い、相手ともつれあって倒れ、すぐさま立ち上がってまたボールを追う。気持ちはついていっているのだけれど、身体は逆方向に傾き流れ、崩れ落ちる、歯ぎしりするような瞬間が捉えられている。まったく当たり前に健康的なひたむきさが映し出されて、プレーしているのが誰であれ、障がいがあろうがなかろうが、サッカーとはこういう競技だったかと思い出させるのだった。



その「もうひとつのワールドカップ南アフリカ大会が迫っている。
日本知的障がい者サッカー連盟HPを見ると、費用が不足していて代表の派遣が危ぶまれているとのことで寄附を募っている。不足金額のケタを数えて目を疑った。もう開幕まで一ヶ月を切っているというのに、これはどういうことなんだろう。

『プライドinブルー』の映像で確認したところ、ジャージの胸にヤタガラスのエンブレムがない。JHFA=日本ハンディキャップサッカー連盟のロゴエンブレムが付いている。ということは、このチームはJFA=日本サッカー協会の組織下にはないのだ。JFA監督官庁文部科学省だが、JHFAは厚生労働省とか、そういうことか?
JFAの公式サイトには代表、Jリーグをはじめジュニアからシニア、女子からフットサル、ビーチサッカーまであらゆるカテゴリの情報が掲載されているが、障がい者サッカーについてはとうとう見つけられなかった)
こんなの、Jリーグの試合会場で募金を呼びかければ何とかなるだろうに、そうはいかないのか? まさか「仕分け対象」になっているなんてことないだろうな… totoの収益が福祉分野(障がい者スポーツ)には分配されないとか、考えていけばきっと官庁の縄張り意識だとか縦割り行政の動脈硬化した組織体系とかに行き着く気がする。



すでに代表メンバーも発表になっている。四年前は17歳だった好青年にして「GKのすてきな才能」(前掲・藤島氏)に恵まれた加藤君は現在21歳の社会人になったが、もちろんこのチームでも不動の絶対的守護神のはずだ。PKを献上し敗れては悔し涙にくれ、シュートを決めては喜びを爆発させていた、がむしゃら感がちょっと大久保嘉人に似ている高野君もいる。他にも前回のチームにもあった名前を見つけて嬉しくなる一方、リストから消えた名前もある。彼女思いの好漢・若林君はサッカーをやめてしまったのだろうか。代表ジャージに袖をとおす喜びを知りながらピッチを離れる選択をした若者の現実的な青春に思いをはせると、ちょっぴり切なくなる。
どうか、日本代表の彼らが無事南アフリカのピッチに立てますように。サッカー以外の問題で彼らの夢が潰えるなんてことがありませんように。


日本サッカーの頂点にある代表トップチームとJリーグは一部のサポーターのためだけに存在するのではない。彼らの究極の使命はワールドカップの成績にあるのではない。
そして各カテゴリの代表は、断じてそのカテゴリ限定の代表なのではない。U-15の代表だってわれわれの代表に違いないし、女子ユースの代表だって、われわれの代表なのだ。
この8月14日から英国で開催されるブラインドサッカー(視覚障がい者)世界大会にも日本代表はエントリーしている。知的障がい者だろうとデフだろうとブラインドであろうと、われわれ日本人の代表だ。同じ国の者として、同じサッカー愛好者として、われらが代表を胸を張って戦ってこいと送り出したいではないか。