ジャック・ヒギンズ / 鷲は舞い降りた


【 ジャック・ヒギンズ / 鷲は舞い降りた[完全版] (574P) / ハヤカワ文庫NV・1997年 (110314−0320) 】

THE EAGLE HAS LANDED by Jack Higgins 1975
訳:菊池 光



・内容
 鷲は舞い降りた! ヒトラーの密命を帯びて、英国東部ノーフォークの一寒村に降り立ったドイツ落下傘部隊の精鋭たち。歴戦の勇士シュタイナ中佐率いる部隊員たちの使命とは、ここで週末を過ごす予定のチャーチル首相の誘拐だった!イギリス兵になりすました部隊員たちは着々と計画を進行させていく…使命達成に命を賭ける男たちを描く傑作冒険小説―その初版時に削除されていたエピソードを補完した完全版。


          


ビンゴ!だった。なんとなく『ファージング』と似た世界観があるような気がして読んでみたこの「傑作冒険小説」。ヒトラー政権による英首相チャーチル誘拐作戦を描いているのだが、英国側の諜報員として一人のアイルランド男が出てくる。その名も「デブリン」… 『暗殺のハムレット』のヴァイオラのパートナーと同じ名前だ。元IRA兵士で爆弾製造に精通していて、アイルランドは第二次大戦に中立国だったにもかかわらず個人的な反英感情から謀略に加わるという設定も似ている。ジョー・ウォルトンは絶対にこれを読んでインスパイアされたはずだ。
ただ、本作のデブリンは、作戦決行に先んじて落下傘部隊の着陸地に潜んでいる工作員の役どころなのに、村の娘に手を出したり酒場で喧嘩騒ぎを起こしたりして現地の神父はじめ住人らの反感を買う。「大酒飲みで暴れ者のアイリッシュ」の典型として書いたのだろうが(英国人側からの差別意識も露わに表現されている)、アメリカの西部劇に出てくる一匹狼の暴れん坊みたいで、どうも腑に落ちないところがあった。
ナチSS直下の秘密作戦に関わる者としては彼はあまりに慎重さを欠いていて、実際にヒムラー長官がこんな男を採用しただろうかと思わずにいられなかった。



対ソ戦線で敗色濃厚な1943年、電撃的にムッソリーニを救出したグラン・サッソ作戦の成功に気をよくしたヒトラーが何気なく発した一言 ―「ついでにチャーチルも連れてこい」― を、大多数の幹部はいつもの気まぐれだと受け流すのだが、神経質なヒムラーは総統命令として本気で実行しようとする。
たとえチャーチルを拉致したところで大戦の帰趨には影響がない。それは『暗殺のハムレット』でヒトラー暗殺に成功したとしても大勢は覆らないのと同じだ。しかし末端の軍人たちは大義に忠実であろうと着々と準備を重ねていく。
ベルリンのゲシュタポ本部とイングランドの小さな村の様子が早いテンポで交互に描かれていくのだが、英国人の著者はドイツ側は慎重な筆致なのに、イギリス側になると途端にサービス精神を発揮してしまう。静と動という見方もあるのだろうが、ナチ側の組織的な動きに比してデブリンの個人的な行状は劇画的で、全体から浮いて見えて仕方がなかった。このあたりが本来この種の作品にあるべきサスペンス風味を削いでいて、「冒険小説」と銘打たれる所以でもあるのかもしれない。



作戦は決行され、落下傘部隊‘鷲’は英軍の戦闘服を着て上陸して(戦争法に反するので下にドイツ軍の制服も着こんでいる)、特殊訓練を装いながらチャーチルの到着を待つ。
それから後半は予想どおりに想定外の事態と部隊の不手際が重なって、ただのドンパチ活劇みたいになってしまう。もともと政治的思惑は薄いのだが、最後の戦闘場面はそれこそ西部劇のようだった。気がつくと英国軍はそっちのけでドイツの特殊部隊とアメリカのレンジャー部隊が田舎の村で銃撃戦をしているという……。はっきりいって、‘英国風’ではないのだ。これを男のロマンとか冒険アクションだとして喜ぶ人もいるのだろうが、アクション映画なんて大嫌いな自分にはだんだんどうでもよくなっていった。
(タイトル‘Eagle has Landed’もなんだかアメリカっぽい)



この作品の読みどころは、英国人著者が敵だったナチスを主人公側に書いた点だ。ヒトラーヒムラーはどの小説でも決まって戯画化され揶揄的に描かれるし、SS将校も好意的に書かれることはない。本作のシュタイナー少佐は(ドイツ人であるなしを問わず)軍人の一つの理想型として、皮肉にもデブリンと好対照をなす存在だ。
英軍と独軍の落下傘の違い(構造が違うために飛び降り方も違う)や外国兵(本作ではポーランド兵)の扱いなど、戦記物ならではの興味深い挿話が多かったのも事実だが、読み終えて、さてこの作品の主人公は誰だったのか、何だったのかが自分には今ひとつピンとこなかった。
チャーチルは大空襲下のロンドン市民をSPを連れないで見舞ったという。この作品に書かれているように、ほとんど護衛を付けないで田舎に一泊するということも平気でやりそうな豪放な人物だったようで、この作品が生まれたのも、まず彼のそんな人柄があったからなのだ。
(そう考えてみると、『ファージング』で実在のヒトラーに対して講和を結ぶのが架空の首相で、断じてチャーチル本人ではないというのも、英国人のこの宰相への思いがうかがわれる)


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チャーチルの名言のいくつかを…


 ・その国の高齢者の状態を見ると、その国の文化の状況がわかる。
 ・金を失っても気にするな。名誉を失っても、まだ大丈夫。でも、勇気を失ってしまったら全て終わりだ。
 ・未来のことはわからない。しかし、我々が生きてきた過去が未来を照らしてくれるはずだ。
 ・悲観主義者はすべての好機の中に困難をみつけるが、楽観主義者はすべての困難の中に好機を見いだす。
 ・これは終わりではない。これは終わりの始まりですらない。しかし、あるいは、始まりの終わりかも知れない。


今の日本にも通用する数々の言葉がある。