P.G.ウッドハウス / ジーヴズの事件簿 才智縦横の巻


P.G.ウッドハウス / ジーヴズの事件簿 才智縦横の巻 (260P) / 文春文庫・2011年 5月 (110525−0527) 】

THE CASEBOOK OF JEEVES by P.G.Wodehouse
編訳:岩永正勝・小山 太一


・内容
 20世紀初頭のロンドン。気はいいが少しおつむのゆるい金持ち青年バーティには、やっかい事が盛りだくさん。親友ビンゴには浮かれた恋の片棒を担がされ、アガサ叔母は次々面倒な縁談を持ってくる。だがバーティには嫌みなほど優秀な執事がついていた。どんな無理難題もそつなく解決してしまう彼の名は、ジーヴズ! 英国文学、古典探偵小説にも多大な影響を与えた巨匠ウッドハウスによる世界的ユーモア小説傑作選。


          


ジーヴスものというと 『よしきた、ジーヴス』 以来、森村たまきさん訳・国書刊行会の「ウッドハウス・コレクション」シリーズだが、文藝春秋からも「ウッドハウス選集」が出ている。その文春版が嬉しい文庫化!
「事件簿」とはいっても、ウースター家の若旦那バーティの、いかにも有閑貴族ゆえのプチお家騒動。とるにたらない彼の身辺の雑事(「ちょっとしたもめ事や不愉快な事態」)が、ひょんなことから名家の名を汚すスキャンダルにも発展しかねない展開に。そこで執事ジーヴスが火消し役として登場……、というか、彼が出てくるときにはもう裏で手回してあって、最後は必ず「ジーヴス、お前は天才だ!」となる。
主人からしてみれば、従僕の完璧な仕事ぶりはときに面白くないのもよくわかるし、ジーヴスはジーヴスで、「ご主人様」のためにというよりは自分に都合の良いように成り行きを操作しているみたいでもある。このユニークな、ときに逆転する主従関係が、金太郎あめ的黄金パターンをまったく飽きさせないものにしているのだ。

 「採用だ!」声が戻るのももどかしく、僕は叫んだ。
 間違いない。この男は世界の驚異だ。一家に一人いるべき男だ。
 「ありがとうございます。名前はジーヴスと申します」


この短篇選集で特に面白かったのが、バーティのお気に入りの装いをことごとくジーヴスが好ましくなく思っていて、最終的には必ずバーティを思い通りのワードローブに仕立ててしまう何篇かのパターン。チェックのジャケット、藤色の靴下、スペイン風のカマーバンド。たしかに若主人のセンスはあまりよくなさそう。執事が主人の好みに口をはさむなんてさしでがましいことなのだが、ジーヴスが主人の面倒を丸く収めるのに骨を折るのも、彼に紳士らしい服装をさせるためのように思えて、おかしい。



必ずしも主君への実直な忠義心だけで仕えているわけではなさそうなところが、ジーヴスのジーヴスたる所以。
ことあるごとに縁談を持ちこんで早く結婚しろと口うるさいアガサ叔母さんにバーティは戦々恐々としているのだが、その縁談をことごとくご破算にしてしまうのはジーヴスだ。アガサ叔母の強烈なキャラクターとバーティの逃げ腰はこのシリーズの定型であるけれど、裏で戦われているのは実は、叔母vsジーヴスなのである。
それは「紳士に仕える紳士」として「機略と手際」を最大限に用いるのを執事のモットーにするジーヴスではあるけれど、もしご主人バーティが結婚してしまったら(新しい主人を見つけたら)自分は解雇されるかもしれない。そうならないための先手の「機略と手際」だったりもするのだ。
とことんビジネスライクなドライな関係のようで、バーティのみならずジーヴスにもちょっぴりウェットの成分がある。ジーヴスは世話の焼けるバーティを好きなのかどうか、やきもきさせる部分がある。それが二人の微妙な関係を維持する秘訣となっているのが、このシリーズが愛されている理由の一つでもあるのだろう。

 「それから、ジーヴス。あのチェックのスーツだが」
 「は?」
 「そんなにまずいか?」
 「やや突飛すぎるかと存じます」
 「でも、仲間の多くがどこの仕立て屋だと訊くぜ」
 「間違ってもそこで注文しないためでございます」


のんきな恵まれた生活を送っているバーティにちっとも階級的な反感を抱かせない。これだけ頼りないのに、どうにも憎めないバーティのキャラクター描写が上手いのも、あらためて確認。文学うんぬんというよりは、もはや職人芸的な技に思えてくる。
ジーヴスものを含めて、ウッドハウスには七十の長篇と三百の短篇があるという。まだまだ日本未紹介の作品があるらしい。
六月には文春文庫版の第二弾「大胆不敵の巻」が刊行予定とのこと。そちらも楽しみなのだが、そうなると国書刊行会版も文庫化してほしいと誰もが期待するだろう(国書刊行会に文庫商品はないんだが…)。あのシリーズが高価な単行本でしか読めないのはもったいない、とつくづく思う。文庫か軽装版だったら全部買うんだけどな。