ゲイル・キャリガー / アレクシア女史、倫敦で吸血鬼と戦う


最近こういう表紙が多いなーと思いつつ手に取り、買おうかどうかけっこう迷ったこの本。
著者紹介には、本書は「ジェイン・オースティンP.G.ウッドハウスに影響を受けて」書かれたとある。それって「お読みなさい!」ってことだよね。



【 ゲイル・キャリガー / 英国パラソル奇譚 アレクシア女史、倫敦で吸血鬼と戦う (400P) / ハヤカワ文庫FT・2011年 4月 (110701−0705) 】

SOULLESS by Gail Carriger 2009
訳:川野靖子



・内容
 19世紀イギリス、人類が吸血鬼や人狼らと共存する変革と技術の時代。さる舞踏会の夜、われらが主人公アレクシア・タラボッティ嬢は偶然にも吸血鬼を刺殺してしまう。その特殊能力ゆえ、彼女は異界管理局(BUR)の人狼捜査官マコン卿の取り調べを受けることに。しかしやがて事件は、はぐれ吸血鬼や人狼の連続失踪に結びつく― ヴィクトリア朝の歴史情緒とユーモアにみちた、新世紀のスチームパンク・ブームを導く冒険譚、第一弾!


          


うーん、これは面白かったんだろうか?読み終わってからもよくわからない。自分にしては早いペースで、ほぼ三晩で読んでしまったのだから、つまらなかったわけではない。でも、全面的に良かったのかといえば、そうとも言い切れない。
ストーリーも設定も、登場人物たちのユニークなキャラクターも悪くない。いろいろツッコミどころはあったけど、作品そのものまで否定するほどではない。面白い、はずだった。では何が自分にもの足りなかったのかと考えてみると、「期待していたほど英国的ではなかった」ということになるだろうか。
舞台はヴィクトリア朝のロンドン。当時流行りのドレスやディナーのメニューなどには綿密な時代考証がなされた部分もあるのだが、いかんせん繁栄と退廃の都の雰囲気は伝わってこない。人間と「異界族」と呼ばれる人狼や吸血鬼が共存する都市像に改変されているとはいっても、そこがロンドンである必然性を感じなかったことが、大きな不満要因の一つだ(ハイドパークぐらいしか出てこないし)。最大の不満はメインキャストにオオカミ(人狼)が加えられていながら遠吠えシーンが一度もなかったことだが、そんな大人気ない文句を自分は口にしないのである。



歴史と伝統の重みに欠けるだなんてのが自分の勝手な思いこみにすぎないのは、さすがに途中で気づかされた。一応のジャンルとしてはファンタジーということだが、実はこれはロマンス小説なのだった。
結婚適齢期を過ぎた独身の主人公女性アレクシア・タラボッティ嬢と、伯爵貴族にして政府の要職‘異界管理局’のマコン卿の異種族間恋愛。アレクシアは生まれつき異界族の力を無力化する能力を有する‘ソウルレス(魂なき者)’であり、英国にもまれな‘反異界族’の人間でもあることは世間に隠されている。そのことを知るマコン卿は昼は人間、夜はオオカミの人狼団のボスで、アレクシアに触れられている間は獣性は消えてただの男に戻る。
それぞれ癖のある二人が反発しつつ惹かれあう様は『高慢と偏見』のエリザベスとダーシーみたいで、そういえばゴシップ好きで娘の良縁のために社交に熱心なアレクシアの家族はまったくベネット家のようだった。階級差に(人としての)種の違いがプラスされて恋のハードルはより高そうなのだが、あにはからんや、けっこう大胆な直接交渉によって二人の距離は簡単に近くなったり離れたりするのであった。
その気にさせておきながら放置プレイされたことを侮辱と受けとめたアレクシアは男を強く批難するのだが、マコンはパートナーシップを結ぶオオカミの慣習に則った態度を取っただけだった。このあたりはかつてアルファオオカミの座に君臨したこともある私からすれば、彼女の困惑と憤慨はオオカミ族的素養に欠けた愚かなもので、こんな娘はアルファ雌に相応しくないのではないかと思わないでいられなかったのだが、一般の人間読者にそのすれ違いのややこしい事情はわかりにくかったのではないだろうか。



二人の関係に獣の流儀が適用されたりして強引なところもある。はぐれ吸血鬼とはぐれ人狼を集めて研究する科学者グループの存在もとってつけたように見える。だからSFとしても弱いしホラー的な部分でも弱い。ただマコンとアレクシアのいちゃいちゃアツアツぶりばかりが記憶に残ってしまっているのは、けして自分が欲求不満気味なわけではないのである。
いろいろな面で中途半端さを感じつつ、二人が結ばれるのを「ハイハイ良かったね、どうぞ勝手に楽しみなさいよ!」と突き放しながら、指を咥えて見てるしかないという……それはそれでけして悪い気分ではなかったのだから、ファンタジーとしてはイマイチでもロマンス小説としてはまずまずだったということか。もっとも、自分はロマンスものには疎いのだが。
ソウルレスとか人狼団とかファッショナブルな最高齢の吸血鬼とか、面白そうなキャラ設定なのはいいが、いろいろ並べすぎな気もする。満月の夜に完全に獣化する人狼だけにした方がスッキリしたのではないか、というのは個人的、というか族的な見解である。



原文がどうなのかはわからないので翻訳の良し悪しまでは断定できないけれど、文章にも英文学の香りは乏しい。腑に落ちない描写に引っかかってリズムが狂うところもあった。
慇懃な態度の執事を配置すれば英国的というわけではない。ホームズとワトソンのように、主人を補佐する有能な相棒を用意すればそれらしくなるわけでもない。なんかちょっと違う感じをずっとひきずっていて、最後のとどめに、あろうことか‘あのお方’まで引っぱり出してきて大ヴィクトリア朝を強調する暴挙に至っては「ありえません!」と本をひっぱたきたくなったのだが、この著者はアメリカ人。どうりで純英国産のリーダビリティはないわけだ。
全体的な印象はレディコミ調、というのだろうか(見たことないけど)、漫画っぽい。 書店で文庫コーナーの一角を占める、男には無縁なジャンル(決まって表紙に憂い顔の麗しき欧米美女の写真が使われている文庫だ)を誤って読んでしまったこっ恥ずかしさも少々味わえる(笑) 最近の乙女淑女のみなさんはこういうのを読んで「鼻息ハスハス」したり「萌えキュン」しているのかーと変に勉強になったりして(←かんちがいしてるか?)。
遠吠えしたくなるようなオオカミ本ではなかった。かつてアルファオオカミの座に君臨したこともある自分としては澄まし顔でそう言い捨てたいところだが、禁断の果実をちょこっとだけ囓って秘かに(またしてもか!)「心が妖しく疼いた」のは認めざるをえない、ハヤカワらしからぬ一冊。

一緒に買ったシリーズ第2巻も懲りずに続けて読んでいるのだ。