三上 延 / ビブリア古書堂の事件手帖


書店に寄るたびに必ず目につく本がある。自分の趣味じゃないと思って素通りしていたのが、毎回目にするうちだんだん「もしかしたら良いかも」と思うようになってきて、手にとってみる。これがまさにそういう本で……



【 三上 延 / ビブリア古書堂の事件手帖 〜 栞子さんと奇妙な客人たち〜 (307P) / メディアワークス文庫・2011年 3月 (111103−1104) 】

【 三上 延 / ビブリア古書堂の事件手帖2〜 栞子さんと謎めく日常〜    (261P) / メディアワークス文庫・2011年10月 (111105−1107) 】



・内容
 北鎌倉でひっそりと営業している古本屋「ビブリア古書堂」。店主は古本屋のイメージに合わない、若くきれいな女性・篠川栞子。彼女は初対面の人間とは口もきけない極度の人見知りで、接客業を営む者として心配になる女性だった。だが、古書の知識は並大抵ではない。本には人一倍の情熱を燃やす彼女のもとには、いわくつきの古書が持ち込まれることも。彼女は古書にまつわる謎と秘密を、まるで見てきたかのように解き明かしていく。これは栞子と奇妙な客人が織りなす、“古書と秘密”の物語である。


          


「人の手に渡った古い本にはその内容だけでなく、本そのものにも物語がある」― 作中に記述されているように、‘一点物’の本の運命をめぐる連作短篇集。売買される一冊の書物にまつわる謎を本マニアの女店主が解いていくのだが、同時に、本以外のこととなると途端に無口になってしまう彼女の人となりも(焦らしつつ)徐々に明らかにされていく。
漱石全集のうちの一巻に隠されていた秘密。『時計じかけのオレンジ』の原版と完全版。後の大作家の無名時代の作品。坂口安吾の妻が書いた安吾伝。そして、数百万円の古書価が付けられる直筆メッセージが書きこまれた太宰治『晩年』初版本……
背取りせどり)や古書店の日常業務をまじえ、それらの本の来歴にその背景にある人間模様がうまく落としこまれていて、予想以上に楽しめる読み物になっていた。



同じような趣向の美術・音楽ミステリも多々あるけれど、芸術系はどうしても専門的でインテリ臭い。古書店が舞台だと(知っているようで実はよくは知らないのだが)身近で想像しやすいのが読みやすさの第一の理由だろう。
いわゆる‘萌えキャラ’というのか、色白で長い黒髪のビブリア古書堂店主・栞子(しおりこ)さんは、ふだんは人の顔を見て話すことすらできない‘残念な性格’なのに、本のことになると豹変して我を忘れて熱く語り出すというのも、わかりやすい。
彼女が商品としてでなく個人コレクションとして所有する太宰の初版本はなるほどフェチ度が高くて、太宰嫌いの自分でも物欲を刺激された。ウン百万円か……  そこまでとはいわないけど、我が家の押し入れコレクションにそんな奇跡の一冊は眠っていないものだろうか。
(ちなみに2009年、英オックスフォードの民家で見つかったダーウィン種の起源』、1859年の初版本はクリスティーズで1,500万円で落札された。)

 「わずかな数しか作られなかった、人々の手を経た本が、こんなに完璧な形で残っているのは奇跡だ。それが理解できないことの方が驚きだよ。本の中だけではなく、この本が辿ってきた運命にも物語がある…… ぼくはその物語ごと手に入れたいんだ」
 俺はかすかな既視感を覚えた― 大場の言葉は篠川さんの言葉に似ている気がする。


語り手は栞子さんを助けて働く青年。この青年は本が苦手な体質ということになっていて、そんな彼の一人称語りだからか、文章がお粗末なのはつくづく残念。「 」の会話部分だけ拾っていっても大筋を見失うことはないので、つい手っ取り早くマンガを読むときのような読み方をしてしまった。(こういう本はそういうものなのだろうか?)
始めに思っていたよりも「事件」がしっかり構成されているので二冊通し読みができたし、より骨格がはっきりしてきた第二巻の方が良くなっていたと感じたのだが、それにしても本を扱う物語なのだから、もうちょっと練った文章で読ませてほしいと思うのは自分だけだろうか。(そんな感想は場違いなのかな?)
栞子さんが饒舌になるのは本の解説をするときだけ。意地の悪い言い方をすれば、彼女の消え入りそうなか細い声や恥ずかしげに赤面する姿に‘萌え’ない者にとっては、必然的に読みどころはそこだけ、ということになりかねない。



大切な蔵書を手放す決心の裏にあるそれぞれの事情や心境は丁寧に書かれていて、意外にしみじみとした味がある。漫画的な若い主人公二人と客の平坦ではない実人生のギャップが想定外にフィットしている、というか… このムードを醸し出すにはやっぱりブックオフではダメで、老舗の古本屋さんだからこそ。
ときに身に迫る危険も顧みず栞子さんが店を続ける理由がほのめかされていたから、続篇があるのだろう。彼女が『クラクラ日記』を買い集めては手放す理由もなかなかに切なく、本作のテーマにふさわしい最大の謎として残されている。
「本そのものに物語がある」― 本好きなら誰もがうなずくテーマだろう。それは、本に物語を乗せていくのはわれわれ自身ということである。大事に選んで大事に読んだ本は特別な一冊になる。そういう読書の愉しみが伝わる作品になっている。
だからなおさら、文章にはもっとこだわってほしい。改善が施された第三巻を期待したい。