C.ディケンズ / クリスマス・キャロル


【 チャールズ・ディケンズ / クリスマス・キャロル (189P) / 新潮文庫・2011年11月 (111223−1224) 】

A Christmas Carol by Charles Dickens 1843
訳:村岡花子



・内容
 ケチで冷酷で人間嫌いのがりがり亡者スクルージ老人は、クリスマス・イブの夜、相棒だった老マーレイの亡霊と対面し、翌日からは彼の予言どおりに第一、第二、第三の幽霊に伴われて知人の家を訪問する…。文豪が贈る愛と感動のクリスマス・プレゼント。

          


『アンのゆりかご』の村岡花子さんの訳本を読みたいと思っていたところ、おあつらえむきにタイムリーな本があった。『クリスマス・キャロル』が娘さんたちの手により改訂され、新装版となった。
花子・訳の初版は六十年前の1952年。ビング・クロスビーとダニー・ケイ主演の映画『ホワイト・クリスマス』が1954年。戦後復興から右肩上がりの高度成長期に移っていく日本に、異文化のクリスマスの風習を伝えた一冊だったのだろう。(岩波少年文庫に収められたのはずっと後のことのようだ)



守銭奴の老スクルージを主人公とするシンプルな物語はあまりに有名なので、内容には触れない。
読んでいてふと思ったのは、『時計じかけのオレンジ』はこれにインスパイアされたのではないかということ。あのアレックス少年が人格矯正のために強烈な映像体験をさせられるのは、スクルージが幽霊たちに幻影を見せられるのと同じではないか…? ショック療法ということなんだけども。
「人間には二つのタイプがある。傷ついて優しくなる者と、残酷になる者と」 誰の言葉だったか忘れたけど、これに照らしてもこの『クリスマス・キャロル』はキリスト教性悪説にそった物語である。



こんなに単純に人が変われるわけがないとか、現代にはそぐわない、寓話としてしか読めないというふうに考えてしまうけど、それではやはり資本主義に毒された貧しい読み方だという気もする。
(ストーリーを知っていたからかもしれないが)あらためて今回読んでみて、自分にはそうした教訓めいたテーマよりも、幸福な風景を見ることは幸福だということを強く感じた。他人の幸福を祈ることは自分の幸福でもあるのだ。スクルージは三人の幽霊に過去・現在・未来の自分を見せられるのだが、そのとき同時に彼の部下や甥の家族、自分ではない自分も含めた他人の幸福な姿も見たはずなのだ。



せめてクリスマスぐらい、年に一日ぐらいは安らかに、自分以外の人にも恵みあれかしと思えるようでありたい。
今日はコンビニ店員も宅配ピザの兄ちゃんもサンタクロースのコスプレだったけど、こんなにあちこちに‘偽サンタ’がうようよしている国もないのではないか。村岡花子さんがこれを訳して伝えたかったこととは無関係だろう。
戦中、東洋英和の図書室で原書を手にして以来数十年、彼女はこの物語をずっと胸に暖めていて、やっと発表できたのが戦後の1952年。花子さんが59歳の年だった。それは彼女念願の『赤毛のアン』を初めて出版した年でもあった。心のこもった良い訳だった。

ディケンズ(1812−1870)のこの作品は1843年作。『嵐が丘』『ジェイン・エア』の数年前の発表。



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FENで初めてこれを聴いたとき、‘ホワイト・クリスマス’だとは思わなかった。


OTIS REDDING / WHITE CHRISTMAS

     

1967年12月10日、飛行機事故で“ビッグ・O”、オーティス・レディングは帰らぬ人となった。(M.L.キング暗殺の半年前)
この黒くて黒い、ソウルフルとしか言いようがない‘ホワイト・クリスマス’は死後リリースされた。マーキーズの抑制された名演に支えられたオーティスの名唱が胸を打つ。スティーブ・クロッパーのミュートしたアルペジオのごとく、メンフィス・ホーンズの強くて温かな響きのごとく生きたいと思った。ビング・クロスビー、シナトラやエルビスのヴァージョンは聴けなくなった。



‘ホワイト・ニガー’‘酔いどれ吟遊詩人’‘ピアノが酔っぱらっちまった’、ストーリーテラートム・ウェイツのこの歌もこの季節になると口唇をはなれない。


TOM WAITS / Christmascard From A Hooker In Minneapolis

     

別れた女がミネアポリスに戻ってきたと知らせてきた。トロンボーン吹きの優しい旦那と暮らしているという。

 「マリオがパクられたとき、わたしおかしくなっちゃって
   むかし暮らしてたオマハに戻ったんだけど
    知り合いはみんな死んじゃうかムショに入れられてて
     それで帰ってきたってわけ

 「ヤクに使ったお金 みんなとっとけば良かった
   そしたら中古車屋をやるのよ
    でも一台だって売りゃしないわ その日の気分しだいで毎日ちがう車に乗れるじゃない?

 「でもねチャーリー、本当いうと……」



TOM WAITS / I Wish I Was In New Orleans