小川一水 / トネイロ会の非殺人事件


小川一水 / トネイロ会の非殺人事件 / 光文社 (249P) ・ 2012年 4月(120512−0515)】



・内容
 この中に、犯人じゃない人がいるみたいですね。 ―月面基地に派遣されるための訓練に。あるいは、少なからぬ遺産の分配を得ようと。はたまた、憎むべき脅迫者への復讐を遂げるべく。私たちは、集まりました。何が起こるのか、予測もできないままに。驚愕の展開。感動的な反転。鮮やかな結末。どこまでも面白い。すさまじき傑作集。


          


小川一水さん×光文社といえば何といっても『煙突の上にハイヒール』。新刊コーナーにこの組み合わせの本書を見つけて即購入。例によってお目当て本はまたしても保留。てっきりSF短篇集だと思っていたら、意外にも三篇を収めたミステリ集だった。
第一話『星風よ、淀みに吹け』は宇宙開発機構の訓練施設内で起きた殺人事件をめぐる謎解き物。月面に長期滞在するための閉鎖施設で共同生活をしていた、同じ夢を追う仲間でありライバルでもある六人の中の誰かが犯人。
嫉妬心と劣等感から犯行に及んでしまう動機も弱いし、日本の宇宙開発事業に支障があるから外部に知られる前に自分たちで解決しようという設定にも無理を感じる。そもそも宇宙飛行士を志して選抜されたエリートたちはそんな浅薄な行動をとらないはずで、ありえない事件と展開にどうオチをつけるのかが焦点になっていく。

 「だったら言いたいんですけど、私、伊瀬山に良心があったなんて認めてやりませんから。良心とかではなく、純粋に仕掛けだったってことなら、話が別になってくるんです。それだったら、屋敷の始末について、互いにお話しできると思ったんです」


『くばり神の紀』は私生児として育った女子高生がある日突然実父の莫大な資産を相続することになる物語。ある地方都市にのみ伝わる「おくばり神」の迷信をたどって真実に近づいていく間にバイオホラー的要素もちょっぴり絡めてある。
ちょうどこれを読んでいた日のYahoo!のトピックに「体内で増殖するカビ」がとりあげられていて、空気中にあるアスペルギルス真菌を吸いこむと肺炎になったり脳に影響が出る場合がある、というのはまさにこの作品のサブテーマになっているものだった。
一読しただけではわかりづらかったので読み直してみると、「事実を結果の方から眺めた解釈」とか、個人的幸福と国あるいは人類全体の幸福に関わる「常識の暗い断層」とか、化学兵器テロとか、けっこう深遠なテーマが含まれていて多岐に想像を膨らませることができた。上田早夕里さんならもっとエグい方向に持っていくと思うが、著者の優しさが結末に出ていると思う(上田さんが優しくないというわけではない)。



最後の表題作は…… あるペンションに十人の男女が集まっている。彼らがなぜそこに来たのかは明かされず、それぞれが一本ずつ水を入れたペットボトルを吊るしていく。十本のうち、一本だけ空のものがあった。それはどうしてか、という話で進んでいくので順番のトリックかと思いきや、それがどうやら殺人につながっているらしい。読んでいくとあの超有名ミステリが思い浮かぶ(トネイロとは…?)
とはいえ、これは本格ミステリではなく、遊び心で書いた作品のように思える。十人で一人を殺すのは難しい。殺意を十等分して実行関与も平等にして、という企てに乗らなかった者の罪は?…とあらぬ方向に推理は向かう。意表をつく展開の末に目的は達せられるのだが、後味はよろしくない。

 「善人の非犯人をそんなふうに追いつめるなんて、おれらマジ悪人スね」
 「だって水くさいじゃない?わたしたち、責めないって言ってるのに、名乗り出てくれないんだからぁ」


三本とも初出は「小説宝石」に発表された。いずれもライトノヴェル風の読み味で、進行中の超大作(ちょっと手を出しかねる)『天冥の標』の間に息抜き的に実験的に書かれた作品なのではないかと想像する。
どうしてSF作家の小川一水が必ずしも成功しているとは言い難いこのようなミステリ作品を書いたのかというと、トリックではなく登場人物たちの心の動きを書きたかったのではないか。特に、母を捨てた実父への願望が思わぬ遺言によって翻弄される『くばり神』の主人公の心理には、SF作品でも人間の心の機微を描くのが上手い作者らしさが出ている。
『煙突の上にハイヒール』も『妙なる技の乙女たち』もSFだけど、健気な主人公たちがちょっとせつなくて大好きな作品集だ。昨年の『青い星まで飛んでいけ』にはその‘せつない成分’が不足していた。次こそ小川さんの「せつない系」のSF短篇を期待したい。