小松左京 / SF魂


小松左京 / SF魂 / 新潮新書 (192P) ・ 2006年(121031-1105)】


・内容
 私が日本を沈没させました…。「日本沈没」でベストセラー作家となった日本SF界の巨匠が語る、その黄金時代、創作秘話、SFの真髄。今なお輝きを失わない作品群は、どのような着想で生まれたのか。波瀾万丈のSF半生記。



【 宇宙にとって人間とは何か 小松左京箴言集 / PHP新書 (253P) ・ 2010年(121101-1107)】


・内容
 SFを書くために必要な総合知と奔放な想像力。その絶対量と、思考の気宇壮大さにおいて他の追随を許さない存在が「ミスターSF」小松左京。本書は彼が考えたこと、その知が達した地平を、一望のもとに見渡せる箴言集である。さらに氏の作品について萩尾望都氏が「くらりと酔うことができる」、瀬名秀明氏が「思いやりのSF」と語るなど、七人の寄稿者が知の交響を引き起こす。


          


『SF魂』は小松左京(1931-2011)の本の中で最も読みやすいものかもしれない。それはこれが小松名義ではあるけれど、「書き下ろし」ではなく、「語り下ろし」だからだ。巨星が没したのは昨年だが、数年前から執筆する体力は衰えていたか、すでに闘病中だったのだろうか。かつてSF界の‘ブルドーザー’と呼ばれた彼の晩年は、やせ細って、往年の面影はなかったという。
小松左京の半生がこんなに薄い新書一冊にまとまるわけがないと思いながら読んだのだが、主要作品の発表の経緯や作家活動以外の様々な仕事にも触れられていて、経歴はそつなくまとめられていた。
第一章は「小松左京ができるまで」。終戦直後の無政府状態の混沌に思春期を過ごし、京大に進学。一介の文学青年だった彼は卒業後も生活のためにあちこちに雑文を書いていたのだが、もちろん当時はSFなんてものとは無縁だった。1959年末にSFマガジン発刊。初めてSFという世界があることを知って書いたのが『地には平和を』だった。

 だいたい、「この歴史は間違っている」とか「なぜ歴史がいくつもあってはいけないのだ」なんて登場人物に言わせることができるのは、SFというジャンルしかありえないだろう?
 僕はSFに出会うことで、自分の中にあった「戦争」にひとまずケリをつけることができた。逆に言えば、僕にとって戦中戦後の経験はそれだけ大きかったということ。あの戦争がなかったら、おそらく僕はSF作家になっていない。


自分もそうだし現代の若者だってそうだと思うのだが、子どもの頃からアニメや映画、ゲーム等に慣れ親しんでいて、SFは珍しいものではない。だが、戦中派のこの世代にとっては(安部公房という変種はいたが)まさしく‘未知との遭遇’だった。星新一にしても小松左京にしても、SF的経験がゼロのところからSFを書き始めた。少し前からそのドラマを続けて読んでいるのだが、やっぱり自分にはその想像力の跳躍が想像できない。
あらためて小松左京の作品群を眺めると、60年代から70年代に集中している。SFマガジンが国内作家を扱うようになった時期から立て続けに『復活の日』『果てしなき流れの果てに』『神への長い道』『継ぐのは誰か』を発表している。創作のかたわら、大阪のラジオ番組用にニュース漫才の放送原稿も毎日書き、文明と未来に関するルポや随想を書き、「未来学」を提唱し、梅棹忠夫加藤秀俊らとの交流から大阪万博に関わる仕事もこなしていた。
日本沈没』まで、三十〜四十代の小松は‘ブルドーザー’の異名のままに旺盛に書きまくっていた。



1973年の『日本沈没』一つとったって、実際には執筆以前に、まず地質学やプレートテクニクス理論の入念な下調べが必要だったはずだ。科学者ではないのだから、科学的考証をするだけでも相当な時間が必要だったと思うのだが、それを小説に組み込むのはまた別の労力を要する作業だろう。
まだSF作家という肩書きが社会的に認知されていなかった頃から関西メディアの仕事に関わることができたのは、京大出身者のネットワークがあったからだ。文学部出身ながら科学好きだった小松は、むしろ大学卒業後に京大の研究室との関わりを深め、最新の科学理論を貪欲に吸収して作品の幅を広げていった。
時代物や風俗物も書いた。ルポや評論も書いた。知識人・文化人としても知られた。なのに、彼は生涯SF作家を自認し続けた。本書にはその理由が書かれている。『地には平和を』を書いたときにSFに発見した無限の可能性を、それから四十年以上経っても彼は信じていた。
未来を描いた数々の作品がその先見性を指摘されてきたが、SFはすべての文学性を内包する唯一のジャンルなのだという彼の創作姿勢こそが最大の先見なのだと感じさせられて感動的だった。

 こうして戦争はあっけなく終わった。でも、僕は「本土決戦」「一億玉砕」という言葉に死を覚悟していた、あの絶望的な日々を忘れることができない。『地には平和を』はもちろんだが、『日本沈没』を書いたのも、「一億玉砕」を唱えるような本当に情けない時代の空気を体験していたからだ。玉砕だ決戦だと勇ましいことを言うなら、一度くらい国を失くしてみたらどうだ。だけど僕はどんなことがあっても、決して日本人を玉砕などはさせない― そんな思いで書いていた。


小松左京箴言集』は創作のみならず、彼が残したあらゆる文章から、テーマごとに重要な文章を抜粋してある。『小松左京セレクション』の縮小版という感じもするのだが、出たのはこちらの方が一年先だ。
一行か二行の警句を集めた「名文・名言集」とは違い、ここではけっこう長い文章がそっくり採録されていて、なかなか読みごたえがある。小松左京といえば、決定的な一句で結論づけるというより、思索をそのまま表現した長尺の文が印象的だが、どんな設定であろうと、そこにかえって人間味が表れていると思う。『SF魂』にも書いてあるが、傍点やダッシュの多用がこの人の特徴の一つで、考えながら迷いながら書いている生々しさが場の緊張感を高める効果になっている。
作品名を見ずに読んで、これが何からの引用なのか推理しながら読むのも楽しい。