筒井康隆 / ビアンカ・オーバースタディ

筒井康隆 / ビアンカ・オーバースタディ / 星海社 (192P) ・ 2012年 9月(121107-1109)】



・内容
 あらゆる男子生徒の視線をくぎ付けにする超絶美少女・ビアンカ北町(きたまち)の放課後(オーバースタディ)はちょっと危険な(アブナイ)生物学の実験研究にのめりこむ生物研究部員。そんな彼女の前に突然、“未来人”が現れて―!?
文学界の巨匠・筒井康隆が本気で挑む、これぞライトノベル。21世紀の“時をかける少女”の冒険が始まる!


          


一般文芸書コーナーにはなかった。やっぱりラノベの棚か……。禁断の、というほどのこともないのだろうが、やっぱりあの一角に足を踏み入れるのは躊躇する。萌えキャラというのか妹系というのか、似たような女の子の表紙が並んでいて、自分には全部同じに見える。というか、これらはマンガ本じゃないのか? お目当ての「ビアンカ」を見つけてそそくさとエリアから脱出するも、レジが美人店員さんだったらどうしようと次なる試練に直面して、筒井康隆の他のも一緒に買った方が良いだろうかとか作戦を練りつつぐるりと店内を遠回りして様子をうかがう。そんな一人芝居はまったく無用だったのだが。
苦労して買ってきたというのに、ほとんど一晩で読んでしまった。



筒井康隆を読むのは『文学部唯野教授』以来か。これが筒井康隆・著でなかったら読んだかというと、たぶん読んでない。
でも、短時間で読了したのは、たしかに面白かったからだ。「ラノベ」として、または「メタラノベ」としてどうなのかなんてことは知らないが、特にSF度が高まる後半二章は、異種格闘技的というか『虚航船団』的というか(笑)‘筒井康隆っぽさ’が感じられて、ちょっと懐かしさも覚えた。
雑誌掲載されていた前半だけならただの学園物だが、書き下ろされた四章以降はぐっと世界観が広まって、生物部の不思議少女の日常が人類の生存をかけた実験につながっていくくだりは「さすが」なものだった。



「ただの人間には興味ありません。この中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさいっ!以上!」― これは涼宮ハルヒの名ゼリフだが、本書の主人公ビアンカにもちょっとハルヒっぽいところがあったように思う。
ライトノベルってこんな感じです」と編集者にレクチャーされて、筒井康隆は『涼宮ハルヒの憂鬱』ぐらいは見るか読むかしたのだろうか? それで自分にはまったく無縁だとも感じなかったから書くことにしたのではないか。ライトノベルといったって、もともとはジュヴナイル小説なのだろう。こんなものならいくらでも書けるわいとでも言いたげな快調な書きっぷりだ。(彼もMacユーザーのようでデータ入稿しているらしい。)
たしかにこれは‘軽い’。ジャンルとして「ライトノベル」というのではなく、筒井康隆にしては「ライト」な作品だった。願わくば、この仕事と本の売れ行きが、筒井康隆のSF者魂を再び刺激してほしいものだ。



最後には続きがほのめかされていたが、「あとがき」には続篇を書くかどうかは未定とある。盟友・星新一小松左京、それに丸谷才一に先立たれて、筒井康隆に残された時間は多くはないはずなのにこんなの書いてる場合じゃないだろう、どうせならもっと彼らしい作品を ―できたらSFを― もう一本書いてほしい。正直、筒井康隆の遺作がこれだったら少し寂しいではないか……なんて思いつつ彼のHP(充実!)をのぞいてみたら、まったく元気そうで筆も衰えてはいないようだった。(現在、朝日新聞に『聖痕』を連載中とのこと)
1934年生まれ、この人も大阪の出身である。ふた昔前にはSFの解放を、ひと昔前には「表現の自由」をめぐって戦ってきた人である。かつての‘SF界のスーパーカー’、ハイブリッドな要注意人物が現代の少年少女向け小説を書くスリルは味わえた。今度はSFジュヴナイル育ちの大人をもう一回ビビらせる作品をお願いします!