奥泉 光 / 黄色い水着の謎

奥泉光 / 黄色い水着の謎 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活2 / 文藝春秋 (256P) ・ 2012年 9月(121110-1114)】



・内容
 夏だ!海だ!クワコーだ! 文芸部の海合宿に誘われたクワコー。だが到着早々、水着が盗まれるという事件が発生する。大人気ユーモア・ミステリー第2弾!


          


田中真紀子文科相が三大学の新設を不認可とする騒動があったばかりだが、今回のやり方はともかくとして、学生人口は減る一方なのに大学が増え続けている現状はどうにもおかしい(自分にはまったく関係ないのだが)。二十年前に比べて大学の数は1.5倍になり、現在の進学率は六割を超えるのだとか。それで直にシューカツ、何十もの入社試験を受ける学生がろくな勉強なんかしているものか。ニュース映像には学問を究める所というよりは、広々としてホスピタリティの整ったアミューズメントパークみたいなキャンパスに女子大生がきゃぴきゃぴしてて、そういうとこなら自分も行きたいと思った。
あれれ………? 何を書こうとしていたのかわからなくなってしまったが、たぶん「たらちね国際大」もそういう大学なのだろうと想像したのである。大学が増えれば大学教授も増える。学生の質が下がれば教員講師の質も下がるかもしれない、ということである。大学全入時代、入学者の定員割れなど日本の大学教育問題をふまえてこの作品は書かれているので、本当はこれを読んで笑ってはいけないのである。

 以前も桑幸の知らない漫画か何かの話がでていたときに、それ、なんか面白そうだね、と気軽にいったところ、ぐおおお、これに食いつくか、クワコー! もはや変態超えた! と猛烈な批評を食らった。とにかく目立っては駄目なのだ。微笑&頷きは桑幸の擬態であった。ある種の生物が皮膚の模様を変えて周囲の景色に溶け込むように、桑幸も文芸部の空気に溶け込むことで、捕食動物の攻撃を避けているのであった。


でも、ゲラゲラ笑った。面白かった! 窒息死しそうになって悶えたりもした。おかしいものはおかしいのだから、しょうがないのである。
前作 『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』 から一年、奥泉教授の新作は期待していた文芸大作ではなくクワコー第二弾だった。文藝春秋の新刊案内にこれを見つけたとき、失礼ながら「またか」と思ってしまった。これがシリーズ化するとは知らなかったし、芥川賞選考委員にもなってこんなのばっかり書いてちゃマズイだろうとも思ったからだ。
でも、続き物はだんだんつまらなくなるという定説に反して、今作は前作よりも良かったのである。



前作は「なんだかな〜」的な、ぐだぐだなお笑いにつきあわされてる感もあったのだが、今作ではクワコーの悲哀っぷりがすっかり板についていて、ザリガニを釣ってきて食おうがシソに目ざめようが一人宴会で寂しく盛り上がろうがそのこと自体が可笑しいばかりではなく、その必死さ真剣さにはたくましさすら感じられて切なさも漂いだした。ユーモアがペーソスに変わったというか。だって、給料が少ないのはクワコーがダメ教師だからではないのだ。
二作目ということで説明的なところが少なくなったからかもしれない。著者の頭の中にクワコーという存在が完全に定着していて、生き生きとそれが再生されている。文芸部員たちの個性も整理されてより豊かに表されるようになってきて、それぞれの役割がよくコントロールされているのが見て取れる。
バスガイド部長に場をしきらせる。一年生部員の丹生ちゃんにはわりとまともなことを言わせる。オンリーワン男子にしてアンドレとの交際が噂される自称・太宰ファンの門司の喋りには毎度イライラさせられるのも教授の術中。クワコーより下等な存在として門司とボーコー大は不可欠なのである。

 いよいよ自分の番だ。桑幸は予感し、震えた。もし物真似といわれたらどうするか? 自分に出来る物真似 ― といったら、あれだ、あれしかない。発情した山羊だ。これは昔、学生時代、ゼミの先輩がやって深い感動を桑幸に与えた出し物で、あとから自分でも密かに練習をした覚えのある得意ネタであった。もっとも人前でやったことは過去に一度もない。長い人生航路の果て、とうとうあの幻のネタを披露するときがきたのだろうか? よるべなき運命の潮流がついに自分をこの場所に運んだのだろうか?


「ジンジン、待ってたんだよ!」 ― 俺も待ってたよー!という気分になってくるから不思議である。ぶっきらぼうなホームレス女子大生・ジンジンちゃんはやはり今作でも準主役級の存在感を放っていたのだった。「クワコー−ジンジン」の関係性には、たぶん「ジーヴス」が入っていると思う。
彼女をはじめ文芸部全員のキャラクターが目に浮かんできて、早口で交わされるにぎやかなお喋りが聞こえてきそうである(自分にもついていけなそうだが)。読んでる側の頭の中にも登場人物が生息しはじめていて、この学生たちがだんだんかわいくも思えてくるのだから困ったものだ。さすがにたらちね大に入学したいとまでは思わなかったが(笑)。
シリーズになるとマンネリは避けられない。でも、本作は何のひねりもないタイトルが示しているように謎解きがメインなのではなく、登場人物の生態で読ませるので、それほど心配する必要はないかもしれない。そのうちに「クワコーに彼女が!?」みたいな展開にもなるのだろうし……って、べつに早くも次作を期待しているわけではないが、前作が「続きがあってもなくても」かまわなかったのに対し、今作では「続きがあっても良い」と思わされた。これがあるなら奥泉教授が本領発揮する文芸大作は当分あとまわしでもいいや、と思えるのである。

……と思ったら、音楽ミステリー 『虫樹音楽集』 というのが出たばかりらしいので、今から買いに行ってくる。