山尾悠子 / ラピスラズリ

実家で過ごす夏休み。朝遅く起きて入道雲を眺めていると、目の端でちょろちょろ動くものがあった。サンダルをつっかけて庭に出てみると…… おっ!?


     
     


ニホントカゲの子ども(幼体)だった。どんな天の配剤によるものか、金黒ストライプのメタリックボディに鮮やかなエメラルドブルーの尻尾は人間にはデザイン不可能。殺風景なわが家の庭にあっては真夏の日射しを燦めかす奇跡的な美しさである。ろくに手入れしていないこの庭だから住みついたのかもしれない。
全長は小さいので3〜5cm、大きいもので10cmぐらい。‘公園デビュー’したばかりと思しきちっちゃいのはやっぱりやんちゃで、石壁を登ろうとして落っこちたり、クロアリに鼻先を突つかれて急反転して必死に逃げたり、一挙一動が悶えるほどかわいい! キュン死しそうになりながら、脅かさないようそっと移動して観察していると、あちこちから何匹も出てきて歓迎してくれた。


     
     


昼行性。日当たりの良い場所で体温を上げて活動する。成長すると茶褐色になるのだが、なぜ幼体時にこんなに目立つ体色なのか、詳しいことはわかっていないらしい。ヘビのように脱皮するというので、脱ぎすてられた皮を見つけられたらいいな!
視線を感じてふと見上げると、松の枝上から母さんトカゲがこっちを見ていた。恐竜の名残りの長い尾と太くたくましい後肢はさすがの貫禄。「あんた、うちの子たちにちょっかい出したらただじゃおかないよ!」


     
     


『あやとりの記』の‘みっちん’なら「生まれる前のわたしがいる!」と夢中になることだろう。 ……実は自分も生まれたばかりのこのリトルドラゴンにすっかり魅せられてしまい、画像フォルダはたちまちトカゲだらけ、モニタに映るつぶら黒い瞳と愛くるしい姿態に見とれて時間を忘れている。見つめるほどに、ご先祖様の化身だろうか、ここの守護霊か妖精かとも思えてくる。そして、またぞろこんなことを考えだすのだ―。


     
          


たまたま今は人間の姿をしてはいるが、自分はかつてトカゲだったのかもしれない。そして、いつかまたトカゲに戻るのではないか。  オオカミは? オオカミじゃないのかよ? 
決めた。生まれ変わったらトカゲになることに決めた。   いや、これは多言無用で… オオカミ協会には内緒に   (…まあ人間でなければ何でもいいんだけどさ)


     


生まれたての、真夏の小さな怪獣たち。大きくなれよ。そして、来年もきっと会おう。アディオス・アミーゴ!



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この数ヶ月に読んだ中で、最も鮮烈に記憶しているのは山尾悠子ラピスラズリ』の次のくだりだ。


 「 ねえドービッシュ、さっきやってきたゴーストはぼくにこう言ったよ 」
 「 ― 」
 「 生まれてきたくなかったから、ちょうどよかったって 」

 「 あのね、この次に生まれ変わるときには ぼくはにんげんじゃなくて別のものになるんだ。それはもう決まっていることなんだよ 」
 倦み疲れたように少年は長い溜め息をついた。 「 いつか冬の厚い毛皮に包まれて、じぶんのしっかりとした体臭と体温のなかで眠る。くるっと巻いた尻尾もあって、それは好きなように動かすことができるんだ。ああ、そうなればいいだろうな……! ぼくはもうこれ以上考えることをやめにするよ 」


山尾悠子 / ラピスラズリ / ちくま文庫 (251P)・2012年1月 】