ティモシー・ライバック / ヒトラーの秘密図書館

べつに今年はナチスドイツの勉強をしようと思っているわけではない。たまたま昨年暮れと今年初めに興味深い本が続けて刊行されたので読んでみただけ。

これも「本の本」的な性格があるのだろうなと予想して読んだんだけど、それよりは紋切り型の評伝とはひと味違う切り口のヒトラー伝として面白く読めた。



【ティモシー・ライバック / ヒトラーの秘密図書館(376P) /文藝春秋・2010年(100116-100121】
HITLER'S PRIVATE LIBRARY by Timothy W. Ryback 2008,2009
訳:赤根洋子


・内容紹介
 米議会図書館ほか、世界各地に眠っていた1300冊の蔵書を全調査!ヒトラー自身が遺した余白の書き込み、アンダーラインが独裁者と第三帝国の精神形成を物語る。世界の運命を決めたその一冊、その一節。


          


BOOK ONEからBOOK TENまでの十章構成で二十代の青年時代から自決までにヒトラーが読んだ十冊にスポットを当て、いかに彼の過激なアーリア人優生・反ユダヤ思想が形成されたかを読み解いていく。

第一次大戦時、伝令兵として従軍した彼の履歴書の職業欄には「芸術家」と記載されていた。特に反ユダヤ的な信条が強い家庭に育ったわけでもなく建築家を志していた若者が、二十代後半からの半生で劇的な思想変化を果たし世界を震撼させる人物に変貌を遂げたのは読書からの影響が大きかった。



彼が過激思想に走ったのは、幼少期の屈辱や劣等感の反動からなのではない。青春期を過ぎてから、まったく後天的に、それもかなりの短期間に彼は極右思想に感化され、自分のものにしていった。このことは彼の読書がいかに多様性を欠いた偏向したものだったかを物語ると同時に、それだけ書物への依存も集中力も高かったということかもしれない。
政治家になることなど考えてもいなかった男を、ただその熱狂的な煽動の才(書物からの抽出引用能力も含む)のみで救世主として祭り上げ、独裁・暴走を許してしまった1920年代ドイツの社会状況。大戦後の屈辱的な戦後処理と経済恐慌、共産主義の脅威もあったのかもしれないが、現在なら発禁となるであろう差別主義・極右思想の書物が公然と出版され一定の勢力によって売り上げもあったらしいことに驚く。
現在では考えられないほどに、当時の混乱のただ中で一冊の本を選び、読み、貪欲に吸収しようすることは読者の人格形成に密接した行為だったのかもしれない。
ヒトラーは、熱心な読書家だった。

一九三〇年代、ヒトラーの蔵書は劇的に増加していった。この時代に関しても、納税記録がヒトラーの愛書家ぶりを物語っている。課税控除の項目を見ると、人件費と遊説費用に次いで金額が大きいのが書籍購入費である。


紹介される十冊は、こちらが期待していたような古典文学作品ではなく、偏向した思想と戦争関連の書物が多く(一章はヒトラーの自著『わが闘争』について)一般的な「本の本」的興味は薄い。
それらは献呈された書物ばかりで、ヒトラー自身が自ら買い求めた愛読書というわけではなさそうだ。
ヒトラーの秘密図書館』という日本語タイトルはいかにも魅力的だけど、実際はHITLER'S PRIVATE LIBRARY 「ヒトラーの蔵書から」といった内容で、注意が必要だろう。(「ヒトラーの蔵書」と題された研究書・論文はすでに他にあるらしい)
また、取り上げられている十冊は著者の恣意的な選択で、そこには意図的であるにしろないにしろ、「あのヒトラーが読んだ本」としての先入観と意味の後付けも多分にあるのは逃れようのないことだが、本当にヒトラーがこれらの本を愛読していたかどうかは分からないことにも留意しなければならない。
しかし、行や段落に付されたアンダーラインや感嘆符・疑問符、余白の書き込みや頁の傷み具合から丹念に読んだ人間の心情を追う試みはユニークだし、遺された本の状態から故人の心境や発想のヒントを考察するのは決して的外れなことではないとも思う。
豪華な特装献呈本、ヒトラー自身のサイン、書斎など、写真も多数で、また冒頭に本書関連地の地図も載っていて、読みやすくまとめられた本だった。

しかし、こうしたマーキングのある箇所とヒトラーのモノローグやその他の記録に残っている発言のあいだには著しい一致点がある。これらは砂の上の足跡のようなもので、必ずしも旅の目的地を明かしてはくれないが、こうしたマーキングを見れば、ヒトラーがどこに興味を引かれたか、どこを熱心に読んだか、どこで疑問を感じ強い印象を受けたかは分かる。


国家元首となってからも、毎晩自室に籠もって時に下線を引き、書き込みをしながら深夜まで読書をしていたというヒトラー
自身の帝国を築き上げ、周囲を知的精鋭でもあったナチ・エリートたちで固めながら、彼自身には政治経済の専門教育も軍人としての訓練を受けたわけでもないコンプレックスがあった。ドゴール、チャーチルルーズベルトスターリンら同時代の名だたる列強指導者たちに比べても、自分は圧倒的に無学だとの自覚もあったはずだ。そこに徹底して読書による知識で理論武装するしか術がなかった孤独な独裁者の姿を想像するのは危険な感傷だろうか。
戦後押収され現存する彼の蔵書は1600冊に上るが、その半数以上は軍事関連書だった。また、多くの献呈本のほとんどは頁を開かれることもなく、そのまま書庫に入れられていたという。
もしも、彼の読書がもう少し文学寄りだったなら、…なんてのは文系人間の甘い妄想か。